進化の記憶

  無視や暴言に近い度きつい言葉での日常的なイジメともとれる嫌がらせは、案外、小さな集団でもあるものです。特に大きな悪意がなくても、些細な事でいがみ合うのが人間です。言葉の通じる同じ国の同じ、職場、家庭、サークルでさえ起こりうるのですから、世界平和は遠く感じてしまいます。でも、そう言った人でもちゃんと他人の傷みは判り、SN3O1178涙腺が刺激されると泪は流します。 人間は残虐性と隣合わせで生きています。なるべく、そういう気持ちが高ぶらない様に生きているつもりでも檻の中で絶対的な権力を手にすると、悪魔が目覚めてしまいます。昨年の日本において、児童相談所への相談件数は実に6万件(家庭内暴力は約半数)を超えています。これだけで、どうこう論じる事は出来ませんが、現代人が抱え、解決しないといけない社会問題の一つです。

 会社や組織の中で権力者に成れない人が家庭で弱い者イジメをしたり、また、その逆もあります。会社で「私の言う事を聞いていたら間違いない」なんて戯言は最早、どんな会社でも通用しなくなっています。 家庭を持ち、子供を作り、自分の家庭を穏やかにし、心の拠り所とする事で、他人とのコミュニケーションを作り上げてきた人類が、その拠り所を無くしてしまう様な愚かな行為に歯止めをどう?かけるのかは老男若女を問わず、考えなくてはいけない課題です。今こそ、進化の過程で大切にした「人と人の繋がり」の記憶を呼び起こす時です。