一心寺

  ブログ三年目の記念すべき6月20日の732回目がこの「一心寺」でした。私は上海からソウルへ移動中で、突然のサーバー障害がこの日の事でしたので、夕方までの掲載となりました。よって、内容を新たに再アップします。

 坂松山高岳院一心寺(ばんしょうざん こうがくいん いっしんじ)が正式名称で骨仏の寺としてよく知られている浄土宗の「一心寺」は大阪市の天王寺区にあります。鎌倉時代に入った1185年(文治元年)の春、に当時は天台宗の影響が強かった四天王寺の別当の慈円の要請があって、法然が四天王寺の西門の坂近くに、四間四面の草庵を作った事に始まります。後白河法皇が四天王寺を参詣した折にここを訪れて、法然と共に“日想観”を修した場所と言われています。当時の草庵から見る西方は海を遠く見渡せ、極楽浄土の瑠璃の地そのものでありました。“日想観”とは極楽浄土を見る修行の一つで西に沈む夕陽を見て、その丸い形を心に留める修行法です。この夕陽を見る時に、心を堅くとどめて乱すことなく、一すじに想いつめて他のこと に触れない姿勢とともに修行します。このあたりは小説「親鸞」を読んだ後ですと、登場人物や内容においても通じるところがありますね…。

 「一心寺」は本来は盆の間だけの施餓鬼法要が年中できる寺院として広く知られています。私が訪問した日も参拝客が多く、境内は所狭しと行列が出来ていました。