Monthly Archives: 5月 2013

心・仏陀の教え⑥~心の雑草~

 本日は二十四節気の一つの“小満(しょうまん)”です。万物が次第に成長して、一定の大きさになる頃で草木の枝葉が茂る季節です。また、秋に蒔いた麦などの穂がつく頃で、ほっと一安心(小さな満足)すると言う意味合いでもあります。 田畑の耕作が生計の中心だった時代には、農作物の収穫は自分の生活にかかわる大きな問題でした。ですから、麦などに穂がつくと「順調だ、よかった…。」と小さな満足をしたことから小満と言う名前になった様です。IMG_2600

 田畑は人が手をかけないと、雑草が生い茂ります。人の心も同じで放置すると「驕(おご)り」や「妬(ねた)み」という雑草が生えてきます。仕事でも勉強でも、また趣味の世界でも少し良い結果がでると『やはり、自分は凄い、偉い!他の奴とは違う…。』と思いがちです。成果は正当に評価してもらいたいのは人情ですが、これが「驕り、高ぶり」を呼び、高慢な態度になると運勢が下がってしまいます。少しの「驕り、高ぶり」がひどく豪そうで、感じ悪い印象に繋がります。特に年輩や役職が上だと注意やアドバイスもなくなるので気をつけないといけません。相手や周囲が不愉快に思うと、悪い評判が流れるだけでなく、足を引っ張られる羽目になります。仕事の成果が上がっても、自分自身の運勢が下がっては元も子もありません。

 素晴らしい成果、結果は周囲の協力や幸運も重なっての事ですから、特に関係する人々には、日頃から感謝の気持ちを忘れず、謙虚な姿勢でありたいものです。そうしていると、また運勢も上がり、成果も得られる筈です。こうして、文章にすると簡単な事ですが、実践するのは案外難しい事かも知れませんね…。

弘仁寺

 IMG_3026弘仁寺は814年(弘仁5年)に嵯峨天皇の勅願により、弘法大師が創建したと伝えられる奈良市虚空蔵町、山の名前も虚空蔵山にある高野山真言宗の古刹です。そして、町名の通り、このお寺の本尊は空海が自ら彫った木造の虚空蔵菩薩像です。毎年4月13日の十三詣りで有名ですが、IMG_3024これは奈良より京都が盛んで、嵐山の法輪寺が広く知られています。十三詣りは男女とも数え年13歳の身祝いで、子供の多福、開運を祈願して行なわれます。私が訪問した4月28日も一家族がお詣りされていました。この十三詣りは空海が飛躍的に記憶力を増大させたと言われる虚空蔵求聞持法に由来しており、また、13歳が元服の時期でもあるため、ひとつの人生の儀礼として伝承されています。

 弘仁寺は四季を通していろんな花木が出迎えてくれます。お詣りした4月下旬はちょうど藤の花の見頃でした。私の4月の社寺訪問は東高津宮とこの弘仁寺でした。

振り返る日々

 クロスター今から30年以上も前の学生時代はサークル活動以外にアニメとか鉄道、写真、その他諸々と同人誌をやっていました。文章だけでなく、このイラストの様なちょっとした漫画も載せていました。何かと忙しくやっていましたが、楽しい日々でした。いろいろ抱えて、調整しながら期日までにやり切る事は社会に出てから少しは役に立ったと思います。そして、アニメ界の偉大な監督、DSCF0286演出家の一人である長浜忠夫氏(1980年11月劇症肝炎により急逝)との出会いから、一時はアニメ業界へ身を投じる事なども考え、東京で職を探し、とある撮影会社から「セル画の撮影の仕事を明日から…。」などと言われて悩んだあげく、最初の一歩を踏み出す事無く、今に至っています。

 オーヴェールの教会今日は会社の創立記念日です。昨年もそうでしたが、一昨日の5月17日(金)の大安吉日に社長と二人で「会社の発展と従業員の幸福、そして世界平和と来期の躍進」の祈願と今期と日頃の感謝とお礼を兼ねて、桜井市の大神神社に参拝に行って来ました。

 先週の日曜日に「ゴッホ展 空白のパリを追う」に京都市美術館まで行ってきました。私は中学1年生の時は美術クラブでした。休日にセザンヌやモネ等の展覧会に足しげく通ったものです。フィンセント・ファン・ゴッホは当時から好きな画家でした。今回のゴッホ展の入場者の混雑状況には驚くばかりで、長蛇の行列は絵画を鑑賞する雰囲気には遠いものでした。実は私も1990年の新婚旅行の最後にパリを訪問しました。ルーブル美術館はあいにく、休館日で代わりに行ったオルセー美術館で見たゴッホの『オーヴェールの教会』には感動しました。

老舗蕎麦屋の鳥中華そば

 山形県天童市に1861年(文久元年)創業の老舗のお蕎麦屋さんがあります。文久年間と言えば、幕末という強大な“うねり”が動き出した時で、水戸藩と薩摩藩の脱藩浪士が大老・井伊直弼を暗殺した「桜田門外の変」が起きています。SN3O0956

 その老舗店にまかないメニューからデビューした名物が「鳥中華そば」です。麺は黄色い縮れた中華麺ですが、スープは和風系のあっさりした中華そばです。 鶏肉、天かす、海苔がトッピングされ、胡椒を効かせた少しピリ辛味で地元では評判になって「山形の鳥中華」として親しまれています。2010年のB級グルメコンテストで全国6位だったそうで、天童のお土産品にもなっています。お店としては板そばが有名なのですが、せっかくなので「鳥中華そば」を食べました。昼の2時近くになっても店内は大賑わいでした。山形名物の“板そば”は後日、アップします。

 今年のGWは東北は「八重の桜」や「あまちゃん」効果で観光客が増えた処もあって、山形は山寺の御開帳や上杉まつりで好調だった様です。

肥後橋のハンバーグ

 SN3O0950写真のハンバーグ定食は大阪の肥後橋では有名で、20年以上も前からあり、変わらぬ味らしいです。学生時代からファンの知人のおススメという事もあって、4月末にランチで行ってきました。鉄板にのったハンバーグは蒸し焼きされていて、食べ終わる最後の一口までアツアツの美味しい味です。ハンバーグの上にはトロトロのチーズ、付け合わせのもやしの炒め物やポテトもグーです。営業は平日のみで、それも11時30分~14時の時間帯だけ開店されている人気店です。ほぼ、毎日行列が出来ていて、メニューもハンバーグと焼肉のみです。場所は地下鉄四つ橋線肥後橋駅から西に徒歩5分で、行列とハンバーグ焼かれる匂いと煙ですぐにお店はわかります。

瑕疵

 カムイ作画小島作画瑕疵(かし)とは、単に傷や欠点などをさしますが、法律用語としても使われ、通常、一般的には備わっているにもかかわらず本来あるべき機能・品質・性能・状態が備わっていないことで、法律上では何らかの欠点を意味します。前職では納品書の注意書きに書いてありました。

 私が初めてこの言葉を知ったのは高校生の時で、小池一夫原作・小島剛夕(こじま ごうせき)画の時代劇画の『子連れ狼(こづれおおかみ)』のラストシーン近くです。『子連れ狼』は「柳生一族の陰謀より妻を失い、遺された一子・大五郎と共に冥府魔道の旅に出る水鴎流の達人で、分厚い直刀「胴太貫(どうたぬき)」で刺客と死闘を演じる元・公儀介錯人拝一刀(おがみいっとう)、大五郎親子の話です。対する柳生烈堂は裏柳生の総帥であり、江戸幕府総目付、そして公儀刺客人の総帥として全国の諸藩に「草」と呼ばれる忍者を送り込み、諸大名の動向を監視しています。烈堂が公儀介錯人の地位まで柳生の手中にという野望ゆえに一刀は介錯人の商売道具である名刀「胴太貫」に拘り、この刀で闘い続けます。そして、刃こぼれもあるだろうと最後の戦いの直前に烈堂は研ぎ師を差し向けますが、柳生草の策にて、この「胴太貫」に傷をつけます。そして、最後の柳生草である加賀見典膳との斬りあいで「胴太貫」はポッキリと折れてしまします。典膳は一刀にこう言います。「汝の胴太貫に瑕疵を刻んだ策を卑怯とののしるや…。」一刀はこう返します戦いに策あるは然るべき、それを看破し得なんだは我が千慮の一失なり…。」と…。

 『子連れ狼』の作画の小島剛石は一時、白土三平のアシスタントをしていて、カムイ伝を途中まで担当していました。その事が白土三平の画風が漫画的タッチからリアルな劇画調に変わるきっかけになったそうです。(左が白土三平のカムイ伝で右が小島剛石の片目柳生ですが、双方とも小島先生の作画でしょうね…。)

信・課長の壁②~官兵衛に学ぶ~

 功労者は 苦労して功を築く者や これまでの歴史に貢献してきた人の事なのですが、『あの方は功労者だから…。』と評価されると引退真近だとも言う人がいます。それは、ある意味…歴史が物語っています。戦国時代は特に戦さの前の軍議で、布陣の在り方はとても重要で、武田軍、黒田軍等の巧妙かつ周到さは群を抜いていました。布陣の形は鶴翼か?あるいは魚鱗か?などと議論や思案がなされます。そう言った時に自軍の譜代の家柄で、IMG_3120歴戦の勇士である武将が率いる隊が重要なポジションを任される事が、果たしてベターか?そうでないのか?の選択が時として勝敗を左右します。軍師や参謀は現在の実力、力量で戦型を決定しなければなりません。敵の雑兵、一兵卒は功労者を知らないでしょうし、武功が過去にあって、その栄光で待遇されている人は、官兵衛今、直ちに戦果を期待されている人よりモチベーションが高いはずがありません。1560年(永禄3年)の「桶狭間の戦い」なんかも決してフロックではなく、織田軍の真の実力でしょう。兵の頭数と家柄を過信した今川義元はブランドだけで戦さをしようとして負けたのです。期待される実力とは過去の実績ではなく、未来へ可能性なのです。

 さて、来年のNHKの大河ドラマは「軍師官兵衛」で、如水(じょすい)でも知られる黒田 孝高(くろだ よしたか)が主人公です。滋賀県の長浜城歴史博物館が5月10日に発表した内容では、豊臣秀吉が前線に作戦を指示した文書が見つかり、軍師・黒田官兵衛の参戦を裏付ける記述もあった様ですね。官兵衛は生涯50度の合戦で一度も負けなかった戦さの大天才です。そして、人としてもたいへん立派で、福岡藩52万石の礎を築いた武将です。企業においては課長もある意味「軍師」ですから、官兵衛の勉強も少し…してみるといいですね。黒田官兵衛の遺訓は「我、人に媚びず、富貴を望まず…。」で、秀吉の天下取りに貢献、尽力しながらも、天下も恩賞も期待しなかった謙虚な人生が物語る…すばらしい座右の銘です。

旧・小見駅

 OLYMPUS DIGITAL CAMERA写真は富山地方鉄道の有峰口駅です。1937年(昭和12年)に富山県営鉄道の小見駅として開業し、1970年(昭和45年)に 有峰口駅に改称しています。昨年の12月に年賀状に使う鉄道写真を地鉄に撮影に来た時、途中下車した駅です。最近はこうした古い駅舎の写真も鉄道の趣味のバリエーションとして認知されています。正に「絵になる駅舎」です。一日の乗降客はここ数年は50人以下と低迷しています。

 最近は鉄道業界でも東京駅の復元等に見られる様に目玉にもなっています。懐古調といいますか…。ちょっとしたカメラなんかにもその傾向がありますね。

神殿町のランチ

 SN3O0948神殿町は“しんでん”ではなく「こどの」と読み、奈良市の南に位置する町名です。愛知県豊田市は神殿町「かんどのちょう」、京都市左京区は下鴨神殿町「しもがもこうどのちょう」と読みますが、日本全国には神田(かんだ)や神戸(こうべ・かんべ)、神代(こうじろ)や神門(かんど)、神谷(かみや)など『神』のつく地名がざっと2,000以上はある様です。

 写真は唐揚げランチで、中華料理を基本としたいわゆる無国籍料理のお店で休日のランチタイムに奥さんと来ました。普通の住宅の様なお店で、私はこの前を何度となく通行していましたが、最近…ちょっとしたきっかけで存在を知りました。まぁ、隠れ家的な感じのお店で中華食堂ではなく、ゆっくり昼食を楽しみたい方にオススメしたいお店です。

歴史部とも言われる旅行部

  IMG_3110 IMG_3113会社に旅行部というサークルがある訳ではありませんが、御朱印帖を持参する人もメンバーの半分位いて、社寺参拝を中心に格安旅行を基本として世界遺産や名所旧跡を中心に仕事抜き⇒グルメ優先で観光しています。今回の泊りがけでの旅行は2010年の南九州以来となり、少しリッチとなりましたが、大きなイベントや世界遺産効果もあって東北へとやって来ました。移動に新幹線を使ったのも今回が初めてで帰路は山形から東京まで山形新幹線の「つばさ」に乗車しました。山形新幹線はミニ新幹線で4列シートとなり、東北新幹線の車輌より少しスリムで在来線を走れる様になっています。線路の幅は新幹線と同じ、「標準軌」で1435㍉ですが、車輌がスリムな分、福島より南の東北新幹線のホームでは列車とホームに隙間ができる為に停車した時にはステップが出て間を埋めるんですね。IMG_3039 こういった事情で奥羽本線は山形新幹線と秋田新幹線が走る区間では、基本的には線路の幅が広げてあります。法律上は在来線ですから、最高速度も130㌔/時速と制限があります。鉄道を利用すると駅そばにありつけるのも楽しみです。IMG_3062駅そばは鉄道ファンと同じ歴史を歩んでいますから、35年近くになります。今回も一ノ関駅で食べた写真のめかぶ入りのそばは美味しく、意外に出汁が薄味でしたね。

 宿泊は原則、スーパーホテルです。天然温泉付の施設だと温泉リクエストするメンバーも満足ですし、朝食が魅力ですね。夜は地元のリーズナブルな居酒屋をチョイスしますが、今回の山形駅前のお店もグーでした。山形弁バリバリの店員さんが花笠音頭を踊ってくれたりして、雰囲気が盛り上がります。今回は私が2010年の6月(南九州は2010年GW)からブログをスタートさせて、初めての旅行となりましたので、神社仏閣以外の内容を少々アップしておきます。