2018★紅葉ツアー②油日神社、敢國神社

 油日(あぶらひ)神社は用明天皇或いは天武天皇の時代の創建と伝えられ、南鈴鹿の霊峰油日岳の山頂に油の火のような光とともに油日大明神が降り立ったという伝説から「油日」の名がついたと伝えられています。あの聖徳太子も訪問したと言われる歴史ある神社です。明治維新までは神仏習合の影響もあって、室町時代の絹本著色十一尊蔓荼羅図(きぬほんちゃくしょくじゅういちそんまんだらず)、千手観音三尊蔓荼羅図、種子三千仏などが保存されています。写真の入母屋造、檜皮葺の楼門は1566年(永禄9年)の建立で、国の重要文化財です。

 この油日神社から車で30分南東に走ると県境を越えて三重県、伊賀国となります。甲賀と伊賀は滋賀県と三重県の山間部を挟んで割と近い場所で、よく対立の構図が描かれますが案外中身は近かったのかも知れませんね。左の写真は伊賀国一宮の敢國神社(あえくにじんじゃ)です。こちらの神社も創建は古く、658年(斉明天皇4年)と伝わっています。参拝した日は伊賀忍者の頭領、服部一族の奇祭「黒党(くろんど)まつり」の日で、関係者がたくさんいました。服部一族は代々服部半蔵の名前を受け継いでいましたが、どうやら忍者だったのは初代だけの様です。白土三平の忍者漫画ではあまり良いイメージで描かれていませんが、桑名藩の家老職などを経て維新以降も続いています。そして、12代当主の服部半蔵正義は戊辰戦争では旧幕府軍として桑名藩全軍を率いて戦い、その後…朝敵の汚名を着せた西郷隆盛を討つべく、数百人の兵を集めて西南戦争に政府軍新撰旅団中隊長として参戦しています。