Monthly Archives: 1月 2018

ぞくぞく・麺処⑱

 最近、お蕎麦屋さんで鴨南蛮や鴨つけ麺をよく見ます。右の写真は大阪の谷町九丁目にあるお蕎麦屋さんの鴨つけ麺です。左は東京神田駅のガード下にある戸隠そばのお店です。麺の量が少ないですが、同じ量だけおかわりができました。このシリーズもブログ閉鎖にともない後2回で終了なので今回は2ツアップしました。鴨肉は古い遺跡からも鴨の骨が出土してい事から、古代から食用としてされていてました。江戸時代には、庶民の間で鴨鍋なども流行しましたが、高たん白でヘルシーな鴨肉は今でも人気なのでしょう。

 さて、本日で早くも1月が終了します。1月最終日は名古屋に日帰りで来ております。帰りはもちろん名阪特急アーバンライナーです。先日、近鉄は大阪と名古屋間を運行する次世代特急として「新型名阪特急」を新造することを決定したと発表しています。日本初となる全席バックシェルを装備、座席の前後幅を広く確保して車内の居住性を従来から大幅にグレードアップするそうです。ニュースでは赤色でしたが、デザインや居住性だけでなく、写真写りの良い電車を期待しています。現在、アーバンライナーは夜間、名古屋から大阪難波に到着後、折返しで大阪難波→近鉄奈良へ向かいます。 奈良に到着し、その夜は西大寺検車区で一泊し、翌朝の阪奈特急で大阪難波へ行き、再び折返し、名古屋へ戻る運用があります。このスジは新型になっても、新型電車の宣伝効果もある事から残して欲しいですね。

3分間電話の日

 1970年(昭和45年)の本日、公衆電話からの市内通話時間が1通話10円で無制限でしたが、3分で10円になりました。3分間はカップ麺のできあがる代表的な時間で、ちょうどこの頃、即席カレーの宣伝で「3分間待つのだぞ」というCMやウルトラマンの3分間の変身時間なんかもあって、マッチする時間だったかも知れませんね。ちなみに、ウルトラマンはM78星雲の光の国の人の姿でいる為にウルトラの星に降り注ぐプラズマパワーが必要だそうで、これが地球では少なく、活動時間に限りがありました。その時間がちょうど、3分間だったそうです。(獅子座L77星出身のウルトラマンレオは2分30秒~40秒でしたが…。)また、長寿番組で3分クッキング…なんて料理番組もありましたし、喫煙時間は1本が約3分…“少しの時間”の代表例が3分なのでしょう。

忱・課長の壁⑪~冷静な課長~

 日々、何かしらのトラブルやアクシデントに遭遇します。ここにイライラやストレスの原因がある事は否定できません。ただ、現実から派生する「思い込み」と「事実・真実」をきちんと区別しておかないと、更に大変な事態を招くことになります。クレームが発生する(事実)…事と、課長失格(思い込み)…は因果関係はあっても切り離して考えないと、問題は深刻化するだけです。クレームを関係者と共有し、問題解決にあたり、被害を最小限に留める(真実)事が求められ、やれねばならない事です。ここで「思い込み」に引っ張られ、怒りが露出すると協力者は逃げていきます。何事も「思い込み」は禁物で、悪い想像が悪い結果を呼び込んでしまいます。感情を後回しにして冷静な対応をしてこそ、健全かつ賢明なマネージャーと言えます。

最後の新年会アップ?

 昨日は新春恒例の新年会でした。平成最後?の新年会…ブログのアップも最後…と感慨深いものになりました。遠方からの来賓もあり、ユニーク動画付のクイズコーナーなど、いつも以上に盛り上がりました。中国の実習生も国境を越えたコミュニケーションを楽しんでいました。考えると入社した一年目から実習生とは関わっていました。最近…名前も憶えていない事はしかたないと思っていましたが、やはり日々挨拶をする以上は名前を知っておかないといけませんね。反省しきりではありますが、3月の久しぶりの面接に新たな気持ちで臨みたいと思います。このブログも終わるので今回が新年会の最後のアップとなりますね。

 そして、27日は古都奈良に春を告げる新春の恒例行事の若草山の山焼きでした。新年会から帰って早々に家の近くで撮影しました。風が強かったのか、いつになくよく燃えていた気がします。日中だけでなく夜も冷え込みましたが、空気は澄んでいたのでしょう…約10㌔先の山焼きの炎がはっきり見えました。まだまだ、寒い日が続きますが、そろそろ春の足音が聞こえてきそうです。

凍える日本列島

   2001年の本日、東京23区で大雪警報がて、東京都心でもで8㌢の積雪を観測しています。今週の月曜日も4年ぶりに大雪警報が出ましたが、その時に上京していました。ここは東京なのか?と目を疑う大雪で帰宅時の足を直撃し、帰宅困難者も数多くでました。東京の大雪は過去5年回で4回、雪に慣れていない場所で人口密集している地域なので、混乱も大きくなります。鉄道も相互乗入運転が当たり前で接続するターミナル駅の乗降客が膨れ上がる時代ですから、遅れが出ると広範囲、長時間…に及んでしまいます。ここ10年の東京都心の最深積雪量は2009年1㌢、2010年1㌢、2011年2㌢、2012年4㌢、2013年8㌢、2014年27㌢、2015年3㌢、2016年6㌢、2017年0㌢で今回が23㌢、各企業は早めに帰宅令がでていた様ですが、大雪と混乱が早まった感じでした。私も革靴で上京し、雪道で何度も足を滑らしたので、慌ててブーツを買った次第です。また、一昨日は48年ぶりに都心部で氷点下4度を観測し、北海道内陸部は氷点下30度を下回る極寒となっています。しばらくは強烈寒波が居座り、凍える日本列島は続きそうです。

姫路市営モノレール廃止の日

   戦後の復興の一環として、姫路市長の構想の元、交通混雑の緩和や市勢拡大を目指し、南部の工業地域や北部の住宅地域とネットワークを結ぶ目的で企画され、1966年(昭和41年)5月に開業した姫路市のモノレールですが、僅か8年で休止になりました。この時点での累積赤字は10億7200万円にも達していたそうです。そして、休業したまま1979年(昭和54年)の本日全面的な廃止となっています。一昨年の夏に解体前のイベントとして48年ぶりに中間駅の大勝軍駅が一般公開され話題を呼びましたが、建物も記憶も消えていく運命なのでしょう。鳥取まで延伸される壮大な計画があった事が信じられないですね。姫路市内の現代遺跡と呼ばれる軌道桁や橋脚が残っていて、全部撤去されるにはまだまだ時間がかかりそうです…。こうした悲しい残骸は鉄道建設は後々の利用状況も考え、永続する事が前提でなければならない…と後世に伝える貴重な遺構です。

続・ブログが止まる日

 特に反響もなかった「ブログが止まる日」ですが、『…寂しいですね。』とメールが一通だけきました。始まったものは終焉を迎えるのは定めなので、次に何かをスタートさせたらよいのですが…。毎日アップするという事は結局同じ事の繰り返しでマンネリは否めないのでちょうど良いタイミングだと思います。まぁ、個人的にはインスタグラムも楽しんでいますし、それなりに世界は広がっていると感じています。写真はシンプルです。ごちゃごちゃした文章を読まなくて良いのですから…。わかる人、伝わる人には届く可能性も増すので…。主張や姿勢、感情は写真の方がわかり易いです。

不愉快の蔓(つる)

   仕事でもプライベートでも、人間関係のあるところ、何がしらのトラブルや誤解、もつれた感情で「不愉快の蔓」に絡まれ、足をとられます。これを生まれや育ち、生きてきた環境が違うから、やむを得ないと…安易に肯定し、納得することはできません。家庭は一緒に暮らしてゆく、職場は一緒に仕事をする場所で人生において、かなりの時間をしめることになります。本来心落ち着く環境の阻害要因が解決できないと、時間を無駄遣いしたかの様に袂を分かつ事になります。そうした、最終的な段階に行くまでに足元の不愉快の蔓を伸びない内に引っこ抜いておかないといけません。いろいろありますが、不愉快の蔓は本当は存在しないと考えてはいかがでしょうか?何でもないことから、相手やの理不尽な行為まで、引っくるめて、自分自身の感情が蔓にしてしまっているだけなのです。蔓延の蔓は蔓(つる)という字なんですね。蔓延るから蔓になるのです。蔓延るのは自分の心の中なので、自分で断ち切ることはそんなに難しいとは思いません。

路辺に集う…写真⑰

 もう…写真機と言う表現はほぼ使われなくなって、近い将来…辞書からも消えるでしょう。また、フィルムにネガとリバーサルの2種類があった事も単なる歴史の一頁に過ぎないのです。デジカメに拘り、手放せなくても、スマホで安易に撮影している私は、リバーサルフィルムを時々思い出します。ホワイトバランスの設定をしなくても、簡単綺麗に写るスマホには脱帽しますが、これも苦労したリバーサルフィルム時代があったからこそかも知れません。写真は先週、別府に出張した時の一コマですが、多少の調整があっても順光は空がきれいです。

魔法の物差し

 先日、アスリートが自分自身の醜い行為を告白し、センセーショナルなニュースとして報道されました。自ら罪の告白をした心境や経緯はわかりませんが、周囲に物差しで心を測る人がいたのかも知れません。他人に酷い仕打ちをする人を責めてはいけないと、前にも書きました。そう言う人は早かれ遅かれ、一番苦しむからなのですが、それなりに時間が必要です。しかし、そうした時間に付き合っていけないのが現実で、先にアレルギーのマグマが吹き出します。人間…身近に魔法の物差しで時々、自分の心を測ってくれる友人が必要で、他人に酷い仕打ちをする様な輩はやはり孤独なのです。孤独を糧に孤高の我が道を行く覚悟があるなら、いちいち他人に絡まないでもらいたいとも思いますが、心底…そんな風に考えている人はとっくに人目につかない場所に佇んでいます。なんとなく、周囲とのイザコザや自画自賛をエネルギーに孤独を装って突っ走っている人に限って物差しで測ってくれる人を探しています。ほぼ、全否定するでしょうが、人間そんなに頑なに生きて行く事は出来ないものです。