Monthly Archives: 4月 2015

京都の真心⑥~交通神社~

 DSCN1671s創建は869年(貞観11年)、平安神宮の近く創祀され、当時は西天王社と呼ばれました。一旦、吉田山へ移り、1924年(大正13年)にこの地に社殿が建てらています。明治の廃仏毀釈に須賀神社となり、1964年(昭和39年)交通神社を分祀しています。それ以来、日本で唯一交通安全の神様がまつられている交通守護の信仰が厚い古社です。須賀神社、交通神社のある場所は聖護院の近くでこの地の氏神様ですね。IMG_0998s

 ここから西へ1.5キロ、20分程歩くと、写真のお蕎麦屋さんがあります。ちょうど京都御苑の南、麩屋町通と富小路の間で丸太町通に面してあります。グルメサイトの評価も高く、蕎麦通の人には良く知られたお店です。写真は“鴨ざるの田舎そば”で、このお店でも人気の一品です。徳島県の祖谷蕎麦を彷彿させる太麺で、蕎麦の味は折り紙つきです。さて、明日から5月で世間ではGWの真っ只中です。京都も観光客で混雑するでしょうが、良い休日をお過ごし頂きたいと思います。

丸の内の味噌カツ定食

 SN3O0122本日紹介するのは名古屋営業所から南東に歩いて10分もかからない処にあるお店で、夜は居酒屋、昼は定食屋さんです。ランチの売りは数量限定の「とんテキ定食」ですが、私は名古屋と言う事もあって「味噌カツ定食」にしました。味噌カツは、八丁味噌などの豆味噌をベースに、店によって鰹のだしや、ショウガ、砂糖など様々なものをプラスし独自、独特のタレを豚カツにかけたもので、いわゆる“名古屋めし”の五本の指に入る有名料理です。店内は丸椅子で昼間はサラリーマンを中心に男性向きのお店ですね。このお店は名古屋を拠点とするフードサービス業のチェーン店で他にもいろいろある様です。…次回は夜に訪問してみたいお店です。

右京にたずねよ⑰

 4月12日に「相棒シリーズ X DAY」、19日に「相棒-劇場版Ⅲ-巨大密室!特命係絶海の孤島へ」と2週連続で“日曜映画劇場”で放映されました。IMG_1007s現在はテレビ放映がOFFの期間で秋のSeason14まで時間がありますので、再放送の中、こうした特別企画があるのはうれしいのですが、先日のあの終わり方ですので、何かと気になるところです。そういう意味では亀山薫が相棒だったシリーズの再放送は安心して見られます。

 ところで、内山刑事部長の異動はないのでしょうかね?大河内監察官のあの秘密はその後、触れられていないですね?組織やエピソードの整理、整頓も少し…してもらいたいところです。新しいキャスティングは『迷走する相棒』などと言われないように、しっかりとしたコンセプトで臨んで頂きたいと思います。写真はテレ朝ショップで買った相棒クッキーです。さて、5つ目のクッキーは誰の名前になるのでしょうか?

おとうと

 IMG_1009s写真の女性は2008年に3年間の実習期間の後、帰国しましたが、その後、隣の弟が同じ実習生として奈良工場に来ています。そして、この春に中国へ帰るのですが、アパレル関係に勤務し中国と日本を仕事で行き来する姉が弟の帰国直前に挨拶とお礼を兼ねて奈良工場に表敬訪問してくれました。こうして、おとうと姉弟で実習生として来日する事は稀ですが、会社としては嬉しい限りです。

 タイトルを“おとうと”にしたのはまたまた、脱線ネタの先が岸惠子だとお分かりの方もいらっしゃると思いますが、この映画は1960年(昭和35年)市川崑監督との初顔合わせとなった記念すべき映画で毎日映画コンクール女優主演賞を受賞しました。その後も“悪魔の手毬唄”、“女王蜂”、“古都”、“細雪”、“天河伝説殺人事件”等多数の市川映画に出演しています。

大和高田のカレーうどん

 SN3O0119西名阪国道の法隆寺インターチェンジをか大和高田斑鳩線こと県道5号線を南下してすると写真のカレーうどんのお店があります。大和高田市の神楽という地名にあるお寿司とおうどんのお店で、カレーうどんが売りのお店の様です。神楽は“かぐら”でなく「じんらく」と読み、秦楽村や秦楽寺の領田だった事に由来する地名で、もっと歴史を紐解くと聖徳太子のブレーンだった秦河勝(はた の かわかつ)ゆかりの土地だった可能性もあります。

 さて、カレーうどんのお味ですが、マイルドで腰のある麺で評判だけの事はあります。もともと香芝にあるお店ですが、引越しとともに、リニューアルしたお店です。

樋の谷にて

 EPSON MFP imageこの写真を撮影して、おおよそ20年になります。島根県の木次線、日登~下久野を見下ろす県道からの一コマで、気動車は在りし日のキハ52128です。この辺りは“樋の谷”と言い、八岐大蛇(やまたのおろち)伝説が残る奥深い神話の里です。“樋の谷”とは天が淵から通じていて八岐大蛇が往来し、ここで火を吹いたので“火の谷”から転じて“樋の谷”と呼ぶようになったとされています。写真のキハ52128は当時、国鉄のツートンカラーの一般色の最後の1両として活躍していました。島根県に引越して間もない私は、出雲号、キハ52、一畑電鉄と被写体に困らない日々でした。

 さて、福知山線の脱線事故から今日で10年になります。JR西日本を含めたJRグループの安全に取り組む姿勢は評価できますが、まだまだ…改善途上である事も現実です。JR西日本の職員の不祥事が多発した件のその後については外部の私には知る由もありませんが、綱紀粛正が進んでいると信じたいところです。

神田のスープカレー

 カレーライスの野菜の三大具と言われる「ジャガイモ・ニンジン・タマネギ」は明治の初頭、この調理法が紹介された頃は北海道でないと揃わない西洋野菜でした。そして、写真のスープカレーも発祥の地は札幌という事でカレーは北の大地と少なからず縁があります。IMG_1004sスープカレーはカレーライスよりサラサラでトロミのない料理ですが、それ例外は大差ない料理と思います。このお店は社長が東京出張時にしばしば訪問するシークレット店ですが、ブログにアップすべく先日、連れて行ってもらいました。辛さはリクエストできるので、食べやすい辛さで、おいしく頂けます。

 また、神田もカレーライスの激戦区千代田区観光協会は「神田カレーグランプリ」なるイベントを開催しています。そのMAPにもこのスープカレー店は載っていました。昨年で第4回だったので少なくともグランプリと準を合わせて6店舗(2011、12、13の準グランプリは同じお店でした。)の有名店には行ってみたいと思います。

老ノ坂へ…(13)

 私の住む大和郡山市では今月から65歳以上の高齢者が運転免許を自主返納すれば、奈良交通の路線バス等で使用できる回数券5千円分を交付するそうです。奈良県内の自治体では初の取り組みで、平成27年度当初予算案に事業費200万円を計上しています。65歳以上の高齢者の人口は年間、約1000人ペースで増加しており、昨年は13,300人で、市は「安全に暮らせるまちづくりの一助としたい」としています。shinryokuこの背景には事故の減少とは裏腹に、高齢者の事故の増加傾向に歯止めができていない現実があります。これは全国的に各自治体で推し進められていますが、私にとってもリニアより先にやってきそうな感じです。

 老化現象は40代から始まると言われています。寿命が延び、高齢化社会になっても、生物が死に至るまでの間に起こる機能低下やその過程を指す“老化”は避けて通れない道です。ブッダの教える四苦は避けることのできないこの世での人間の四つの苦悩「生まれること、老いること、病気をすること、死ぬこと」です。この苦悩と対峙していく事が人間として必要不可欠だと理解できるのも、また良い老化現象の一つなのです。

長期連載

 最近、人気の漫画はアニメ化とともに漫画の長期連載が多い気がします。代表作がライフワーク、そして終わらない連載…。5年どころか?10年、15年、20年続く連載の結末が気になるところですが、結末次第で作品の評価も変わります。作者の意図に影響する編集部やスポンサーの意向があるのはわかりますが、作品は残せても名前は残せない状況しか生まないと思いますが…。飯綱落しまぁ、私は単なる気軽な読者ですから、雑音、戯言でしかありません。EPSON MFP image

 今、人気絶頂の漫画でかつての「フランケンシュタインの怪獣サンダ対ガイラ(1966年)」がヒントになっているらしい「〇〇の巨人」はスゴイ漫画ですね。(このサンダ対ガイラは5才の時に見ました。)よく知らないのですが巨人が人間を喰らっていますね。毒や爆弾を人間が携帯している事への巨人側の防御、対策があるのでしょうか?ふと気になりました。あの天才忍者カムイの必殺技“飯綱落し(相手の背中から抱きついて、木の枝から地上へ、まっさかさまに落ち、 地面に叩きつけられる直前に、相手からはなれ、自分は後方へとんぼ返りして地面に立つ技。)”を考えた時も同時に破る方法も考え、この対策として鎖帷子(右のイラスト参照)を装着しています。落下時に相討ちを狙った串刺し攻撃を防いでいます。細かいところが気になりますが、そう言った声に支えられて成り立っている側面もあると思いますね…。

京都の真心⑤~聚楽第址~

 DSCN16571591年の本日(天正19年2月28日)  豊臣秀吉の命により、千利休が聚楽第で切腹しています。千利休は戦国時代から安土桃山時代にかけての商人であり、信長や秀吉に仕えその距離も近く、政治力を持った茶人です。ここで切腹の理由については述べませんが、謎の部分も多く、私の唱える「歴史はミステリー」の王道を行く日本史に名を残す人物です。

 さて、聚楽第ですが、おおよそ8年間で取り壊された秀吉、秀次の政庁兼邸宅です。秀吉の死後に破壊されたイメージですが、甥の秀次を失脚させ、切腹させた後に聚楽第を徹底的に破却しています。写真の様に上京区に石碑がいくつかあります。京都には室町幕府やこの聚楽第の遺構はほとんど残っていませんが、これも「歴史はミステリー」なのでしょうか?