Monthly Archives: 2月 2015

続・麺処②

 SN3O0067先日、群馬県の高崎へ出張で行ってきました。最初から駅そばを食べて、月末のブログネタにするつもりでした。IMG_1996群馬県はマスコットキャラクターの「ぐんまちゃん」が昨年のゆるキャラグランプリにおいて、念願のグランプリに輝き、明治時代に建設、開業した「富岡製糸場」が世界遺産、国宝に指定され、大河ドラマ「花燃ゆ」ではあの大沢たかお演じる小田村伊之助こと楫取 素彦(かとり もとひこ)が1876年(明治9年)に群馬県令になっていることなど…ホットな時の話題が豊富です。写真は北陸新幹線の開業を目前に控えた富山の白海老のてんぷらが入った“天ぷらそば”です。

 さて、2月も今日で終わりで、明日からは弥生…三月です。私は昨日から29回目の中国渡航で上海方面へ出張しています。気温は一桁台で寒いですが、日本と違って湿度が高く、ちょっと変な感じです。

高遠そば

 IMG_2025この2枚の写真はN.Jさんの提供で、先日…福島県の大内宿の雪祭に家族で行って来られたそうです。大内宿は重要伝統的建造物群保存地区として選定されている南会津郡下郷町にある旧宿場です。その時にこの蕎麦を食べられたそうですが、 名前は「高遠そば」と言います。自分が食べてもいない蕎麦の話題を書くのは、ちょっと歴史を感じたからです。この「高遠そば」徳川三代将軍家光の異母兄弟で、会津藩主保科正之公が旧領の信州、IMG_1957伊奈の高遠藩から伝えたネギ1本で食べる風変わりな蕎麦です。保科正之は信濃高遠藩から出羽山形藩を経て、陸奥会津藩へ移り、初代会津松平家の藩主となっています。そういった大名の国替とともに日本全国に蕎麦文化がもたらされた訳ですね。

 正之は家光の臨終に際し、「宗家を頼みおく…。」と言い残されています。これによって後に定めた『会津家訓十五箇条』の第一条に「会津藩たるは将軍家を守護すべき存在であり、藩主が裏切るようなことがあれば家臣は従ってはならない」と記しています。以降、藩主・藩士は共にこれを忠実に守って、幕末の会津戦争に至る訳です。

担任のいない教室②

 ある知人が『どんなに目指しても、努力しても、誰でも…東大に入れる訳ではない…。』と会津の什の掟を知ってか?知らずか?時々、口にします。これは、「ならぬことはならぬものです。」や「いくら、頑張っても無理なものは無理…。」と言う意味で単に終わらせるのではなく、人それぞれの天分を本人も周りも見極め、理解し、個人の特性、北欧の池特質を活かした活躍の場や生き方があると言うこととして考えて頂きたいものです。

 天分とは生まれつきの性質・才能の事ですが、 天から与えられた立場でもあります。これを見つけ、使命を感じ、社会貢献する事が、真の成功者ではないのでしょうか?社会的地位や名誉、財産を得る事だけに固執、執着するととんでもない事になります。どんな時でも「人間(ひと)として…。」人間らしく生きるって事はこの天分を知り、天分に生きる事だと思いますね。ちなみにこの知人は社会的地位やステータスに拘りを持つ人です。人間、拘りは必要で、ぶれない姿勢も大切です。ただ、評価や基準をブランドやランキングだけにしていると、主観的な好みがないまま、身近な宝物を見逃したりしますから、要注意です。これは、私の最近のお店や鉄道の撮影ポイントを探す事をネット情報だけに頼っている傾向にも言える事で、基本は足で探す事を厭わな言える様にしたいものです。

老ノ坂へ…(11)

   私は老後は京都に住みたいのですが、案外…その頃は私の想い描く京都ではなかったりするかも知れませんね…。もう、京都に拘る理由が見つからない気がしますが、少し前まで…朝刊は京都新聞を読み、朝食に名物のパンを食べ、21日には東寺、25日には北野天満宮に行くような生活はしてみたいと思っていました。SN3O0042都人は陰湿で排他的…と言われますが、かつて京都に住んでいた私が京都に戻るとともに、そう言う洗礼を受ける可能性もあります。

    観光や勉学には適した世界的な歴史都市である京都も、外からの移住、その後の定住には向かないと感じている人もいるでしょう。 人間は新しいコミュニケーションには何才でも対応できるのでしょうか?平均寿命でも後、四半世紀は誰かやご近所さんと関わって生活していくのですから、穏やかかつ円やかなものでありたいと願うのは自然です。その場所が絶対に京都と決めてしまうのは、やはり一寸…危険かもしれまんね。

だから…歴史は面白い②

 子連れ狼の劇中で敵役の柳生烈堂は拝一刀の使う水鷗流をめくらましの児戯と嘲笑っていました。が、この流派自体は戦国時代から続き、居合いを中心に、今も静岡に現存しているそうです。劇画に登場するのは偶然らしく、実際には水中であの様な立ち回りはしなかったとか…。斉藤一②
戦国時代から江戸初期には、武士の剣術の力量が問われる事は一旦、下火になりましたが、幕末にまた再燃します。幕末の三剣士という剣豪がいて二人までははっきりしていて、三人目は意見が分かれるそうです。しかし、新撰組や薩長軍にも属さない達人ですから、大河ドラマや時代劇にも登場しません。よって、カテゴリーが違うかも知れません。幕末、明治時代は暗殺が横行したので、酔っ払って寝込みを襲われたら、剣術以前の話になります。それを用心し、歴戦を経て生き残った中では、藤田五郎こと、元新撰組三番隊隊長斎藤一はかなり…強かったと思います。後、西南の役で戦死しましたが、薩摩の人斬り中村半次郎こと桐野利秋、会津藩士から警視庁抜刀隊に転身した佐川官兵衛あたりが、実戦派の三人ではないかと、勝手に思っています。もちろん、近藤勇や土方歳三、沖田総司、山岡鉄舟、中岡慎太郎あたりも相当強かったので特定は難しいと思いますが…。

だから…歴史は面白い①

花燃ゆNHK 戦国時代は極端な主観的判断で、どこの家臣団も最強と言う誤解があり、根拠かつ勝算のない無謀な戦に消えていった人数は少なくなかったと思います。故に、有能な軍師や参謀が切望された訳です。これは日本だけの話ではなく、何千年以上も前の中国で既に軍師の優劣が勝敗を左右する事は戦う組織の生き残りにおいては至極、当然の話です。ただ、幕末は少し違いますね…。軍師で名を馳せたのは大村益次郎あたりでしょうか?

 先日、2010年の映画『桜田門外ノ変』をテレビで見ました。主演は水戸藩士の関鉄之介を演じた大沢たかおでした。他に北大路欣也や本田博太郎、田中要次など、『花燃ゆ』とかぶるキャストにびっくりです。桜田門外ノ変で暗殺された井伊直弼は大老の前は彦根藩主でしたが、吉田松陰はその藩政を絶賛しているから歴史は面白いですね。

猫の日

   猫の日本日は2月22日、2(にゃん)が☓3ツで猫の日です。1987年(昭和62年)に「猫の日制定委員会」が制定し、ペットフード工業会が主催しています。この猫の日ですが、ロシアは3月1日、アメリカは10月29日だそうです。人間…犬派、猫派とある様ですが、私はぎりぎり犬派ですかね…。まぁ、犬が好きな人は猫も好きですし、どちらも飼っている人もけっこういますから…。

担任のいない教室①

 先週の月曜日の朝刊に、シーズンと言う事もあって予備校や進学塾の広告が複数枚、入っていました。同時にパチンコ、スロットのチラシもありましたが、こちらの方が多いので学業よりギャンブル…なんだと改めて世情を知る次第です。ただ、こうしたチラシは印刷業界の好不況を反映する一つの指針でもあり、チラシの量に一喜一憂している業界人も少なくないと思います。IMG_1796

   若者にとって、進学校の選択は重要で、希望校への合格はこれからの人生設計を大きく左右するファクターです。残念なのは、往々にして学校だけでの勉強だけで、受験をパスするのは難しい事です。学校側も受験生も最初から予備校、進学塾頼みで良いのか…と思うのは私だけではないでしょうが、現実はそうなんですね。では、受験勉強を免除された教育機関は道徳や部活、スポーツ…また、生涯学習や学外活動に力を入れているかと言うとそうでも無い気がします。まさに、担任のいない教室に通っている様なものです。関係者は学力の定義について、考え、そして…少し軌道修正すべきところはやるべきだと思いますね。そうでないと、教育に使われている税金の有効性に関わる問題がスルーされている事に他ならないのですから…。

払暁

IMG_1910 (3) 払暁(ふつぎょう)とは明け方、あかつきの意味で、恥ずかしながら、先日新聞で見るまで知りませんでした。調べてみると、東雲(しののめ)や彼者誰(かたわれ)、黎明(れいめい)、曙など夜明前を表現する言葉はたくさんあります。使い分け方になると、もう未知の領域です。古来より、人間は夜が明ける事に並々ならぬ感情を持って、その瞬間に対峙してきたのでしょう。写真は散歩道にある池の夜明け前の写真で何回も撮影し、アップしていますが、一応…最新版です。

一条の光

 OLYMPUS DIGITAL CAMERA暗闇に蠢く、悩める気持ちが一条の光を求めて…星空を見上げていた若き焦燥の日々があった事をよく覚えています。だからこそ、足元を確かめ、何事も一歩、一歩なのだと思います。その一歩が上り坂か?下り坂?は問題ではありません。一歩、一歩を丁寧に確実に、そして…誠実な気持ちを維持しつつ…歩いているか?まだ、歩けるか?歩いていく意思があるか?がこの世にサヨナラをする一日前であっても、一時間前でも非常に大切なのです。それが、生きて…逝くという事なのでしょう。

 今日は二十四節気の雨水です。ようやく、雪ではなく、雨が降り、氷が溶けて水になる頃です。次の二十四節気が啓蟄ですから、冬眠する生き物の目ざまし時計が、そろそろ鳴り出すんですね。春もまた、一歩、一歩やってくるのです。