Monthly Archives: 1月 2015

麺処⑳

 SN3O1208写真は東京市千代田区麹町にある明治36年創業の老舗の蕎麦屋さんで食べた「鴨南蛮」だったと思います。これは昨年の10月の事で、年を越しての遅いアップになりました。麹町というとNHKの麹町郵便局…でよく聞いた地名ですが、古くは古くは糀村(こうじむら)と呼ばれたそうです。それは町内に「小路(こうじ)」が多かったとか、幕府の麹御用の麹屋三四郎が居住していた等の諸説がありますが、府中(ふちゅう)の国府(こくふ)を行き来する国府街道の出入口であり、国府路(こうじ)の町だったという事が最有力の様です。いずれにしても、蕎麦の味は美味しかったです。早いもので、今日で1月も終わり、明日から2月です。少しずつ夜明けの時間も早くなってきました。正に『冬来たりなば、春遠からじ…』です。

続・車窓の富士山

 IMG_1660この時期、関西と関東を新幹線や飛行機での移動中に、『冠雪した富士山を見たい…!』と思っている人はそれなりにいらっしゃると思います。静岡を通り過ぎると、ほどなく…富士山が見え出します。右上の写真は新幹線が富士川を渡っている時の一枚で、車内からスマホで撮影しました。富士山を見るには上りの“のぞみ号”の場合、飛行機からの富士山静岡通過を見逃さない事ですね。

 左の写真は関東の仕入先の方の出張移動中の飛行機からの一枚です。私のブログにアップしても良いという事で送って頂きました。国内ではほぼ、飛行機に乗らないし、乗っても窓側には座らないので、こうした写真には限りなく縁遠い私からすると、勇気ある素晴らしい写真だと感激しています。

京都の真心④~吉田屋跡~

 OLYMPUS DIGITAL CAMERAこの写真は京都市上京区にある、幕末・維新の史跡の「吉田屋跡」です。2013年2月1日のブログで紹介している“女紅場(にょこうば)跡”のある鴨川の西、丸太町通からすぐ北にあります。現在は京都のごく一般的な住宅地といったところですが、“三本木”という花街だった周辺です。吉田屋は、ここにあった料亭で、薩長を中心とした勤王の志士が集まるアジトだったようです。特に場所的には長州藩邸にも近いとことから、桂小五郎などはよく利用しいました。大河ドラマの『花燃ゆ』には登場しそううな場所ですね。

 また、同時にここは明治の世になって、仮校舎ですが1900年(明治33年)5月19日に 中川小十郎によって、立命館大学の前身である京都法政学校が創立されています。そして、写真の記念碑は、2000年(平成12年)3月23日に建立されています。

Inventive Idea

 先日、現場で生産業務以外でちょっとしたミスがあり、設備が故障しました。大事には至りませんでしたが、当事者と一緒に部門責任者の主任と製造部の係長が3人で謝罪に来ていました。IMG_1724一人のミスですが、部門の責任として受け止めている事に安心しました。品質システムなどでよく耳にする「人を責めるのではなく、方法を攻めよう…。」という精神が根付いている事の裏付けだと思います。ミスをする人の傾向というのは確かにありますが、担当者の責任だけにするのではなく、方法のカイゼンを関係者の創意工夫で成し遂げる事は、非常に重要です。

 創意工夫を英訳すると「nventive dea」でしょうか?工場、特に現場においてはISOやカイゼン、5S等のベースになる重要な考え方です。そして、“”が二つもありますね。やはり、「愛」は必要なんです。厳しくても、冷たくても愛があれば、道は開けます。

散歩道、再び…③

  OLYMPUS DIGITAL CAMERA 「散歩道、再び…②」から一週間後も、矢田丘陵に入って山道6㌔コースをジャックと散歩に行きした。前回と違って、国見台展望台の手前の三叉路を松尾寺ではなく、矢田寺の裏側に戻るルートで、2時間を要し、少しハードでした。ただ、急な上り坂は前半の20分強だけで、OLYMPUS DIGITAL CAMERA後は整備されたハイキングコースがほとんどですから、犬の散歩&健康的なハイキングとなります。

 矢田寺の裏側には「矢田寺八十八ケ所霊場」があって、帰り道に60番台あたりが登場しました。矢田丘陵の山道に、 四国霊場の各お寺の本尊様や弘法大師様を石仏で現わし、巡拝ができます。

京都の真心③~初天神~

  IMG_0589昨日は京都の北野天満宮にに行ってきました。毎月25日は縁日ですが、特に1月25日は「初天神」と呼ばれ、多くの参拝者で賑わいます。祭神である菅原道真公の誕生日が6月25日で逝去された日の2月25日に因んで、25日が縁日になっていますが、IMG_0591一年の最初の「初天神」と年末の「終い天神」はニュースでも取り上げられ、京都の恒例の祭事となっています。

 この寒い時期には正面の大鳥居前の露店の“おでん”や“どてやき”は格別です。おでんは任意で盛り付けられますが、食べたいものを一つ、二つリクエストしておくと入れてくれます。長居はできませんが、ちょっとひっかけるのには良いお店です。

山焼き2015

 昨日は第10回目の記念すべき「手作りの新年会」で、梅田のビヤホールで大いに盛り上がりました。最後に社長からサプライズもあり、世界三大登山鉄道の阿里山(ありさん)森林鉄道が私を待っているか…と思うと、遥かな轟きが1000マイルの彼方から飛び越えて、聞こえてきそうです。OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 相変わらず、大袈裟な言い回しで恐縮ですが、昨日は“中華まんの日”でもありました。1902年(明治35年) SN3O0053の本日に北海道旭川市で、日本の最低気温の公式記録の-41.0℃を記録し、後に制定された「日本最低気温の日」に因んで、この寒い日には中華まんを食べて暖まってもらおうと制定されています。
 そして、寒い日の奈良の風物詩と言えば、「山焼き」ですね。新年会から帰って、すぐに家の近くで撮影しました。若草山から10㌔程度離れていますが、矢田山の小高い場所から望遠レンズで撮影しました。

関西急行電鉄設立の日

 1936年(昭和11年)の本日、現在の近鉄の一部となる関西急行電鉄が設立しています。近鉄の直系の前身になる大阪電気軌道の子会社の位置づけとして、名古屋進出を果たしています。2年後には江戸橋駅での乗り換えがあったものの、IMG_5426大軌→参急→関急の電鉄3社の連携による名阪間の接続が実現しています。当時、上本町  ~名古屋間の約190㌔が3時間15分で結ばれ、国鉄の東海道本線の急行列車より早かったようです。

 写真は近鉄大阪線の室生口大野~三本松を疾走する「アーバンライナーnext」の愛称を持つ近鉄21020系電車です。この車両は皇室や首相、大臣クラスの人が乗車する為に防弾ガラスを使用していると…聞いた事があります。2003年(平成15年)の第46回のブルーリボン賞に輝く…名阪特急の看板列車です。

辛・課長の壁⑭~必~

 二日連続で「課長の壁」シリーズになりました…。人間、褒められると気分の良いものです。特に成果が上がって褒められる事は誰しも至福の喜びを感じます。しかし、賞賛だけが前提となってはいけません。世の中、必信賞必罰と言っても、雰囲気が悪くなるのに慣れていない人が多い中、信賞罰の傾向にあります。そして、結果が伴わなくても、人を褒める事で良い気分だけ保ってしまうのです。必達、必殺のは必ず、の事です。これは、間違いなく、絶対…やると言う意味なのです。心と言う字にクサビを打ち込むからこそ、になるのです。必罰がスルーされるとよくありませんが、形を変えてでも諭し、伝える勇気と力が組織の長には必要です。部下に厳しい事を言って気まずくなるのは、それだけ薄っぺらで、軽い関係で付き合っている事になります。昔から叱られたマネージャーは修羅場、土壇場に強いと言います。きっと、自分で自分の心にクサビを打ち込んだからですね。

辛・課長の壁⑬~チームプレー~

 新戦力の課員を正しく指導、共育する為に課長は計画を立案し、それに沿って、進捗確認が出来る様に記録を残し、評価します。私は課長の重要なスキルだと思っていますが、過去に上司のそう言った指導や手続きを見ていないと、ある日突然、お鉢が回ってきても上手く出来ません。IMG_1741ただ、会社によっては総務や人事部の仕事であって営業部や製造部の課長はしなくてよいとされているかも知れません。特に営業のエキスパートで一般社員から10年未満で課長職に駆け上がった人は「得意な人に任せれば良い…。」…と、免除されているケースもあるでしょう。このツケは課長本人が払うのか?会社が払うのか?微妙ですが、時として残酷なジャッジが成されたりします。

 仕事は会社から宛がわれるものだけでなく、その範囲は自分で見極めないといけません。そして、課長として、求めらるスキルを実現できる人財でないと時間の流れに経験の蓄積が間に合わなくて、結局…自分が困ってしまいます。マネージャーとして、部下や課員の評価は能力だけではなくて、潜在する可能性も大きいのです。そして、その可能性は実は上司である課長のアシストやコーチがあってこそ、大きく広がります。ですから、部下の基本の能力を花咲かせるか?どうか?は課長にかかっており、とても重要です。こうした共感できる共育、指導ができてこそ…人で勝負する「チームプレー」なのです。