Monthly Archives: 12月 2014

狸谷山不動院とすき焼き

 DSCN1505今年の歴史&旅行部の締めくくりの行事は京都の左京区一乗寺にある「狸谷山不動院」の参拝と近くの老舗での「すき焼き」でした。ここは京都の人には「たぬきだにのお不動さん」の名でよく知られ、交通安全や厄除けの御利益が有名な修験道の寺院です。赤い交通安全ステッカーは市内でも貼られた自動車を良く見かけます。境内には1604年(慶長9年)、あの剣豪の宮本武蔵が修行を続け、己に克つ不動心を会得した滝があります。狸(たぬき)いう字は鬼門から入り込む悪鬼を叱る「咤怒鬼(たぬき)」に繋がり、咤怒鬼不動明王として信仰を集めています。DSCN1521

 参拝の後は叡山電車の元田中駅にあるお店で京都の「すき焼き」を頂きました。実は昨年、35年振りに訪問したお店で学生時代のサークルの忘年会によく利用していました。場所柄、京都大学関係の利用が多く、ノーベル賞を受賞された有名教授も来店されるお店なので、敷居が高いかと思いきや、すき焼き+飲み放題で3000円ポッキリです。

 さて、今年も本日で終わりです。今年一年、何かとお世話になり、本当にありがとうございました。そして、来年も「感謝」の気持ちを忘れずに、皆さまと、日々…進化、充実できるように願って止みません。…良いお年をお迎え下さい。

深・仏陀の教え⑥~我利我利亡者~

 「我利我利(がりがり)亡者」も仏教から生まれた言葉です。「我の利益、我の利益、それのみを追求する亡者」つまり、「他人を押しのけてでも、自分だけ得をしようとする」人の事です。仕事を中心とした社会貢献のあらゆるシーンにおいて、メリットとデメリットを考える事は重要ですし、両側面を考慮した上で判断を迫られる事も少なくありません。DSCN1341ただ、全てにおいて自分の損得勘定だけでしか、動かない人がいると困ったものです。つまり、全てのコミュニケーションが自分の利害関係を基本とした場合しか、成り立たない人です。自分が得する事はOKで、損するならNGです。こうした方が案外、人生経験豊富な年配者、ある程度の肩書きの役職者でいらっしゃるから始末に悪いと思います。まぁ、人間…突き詰めていくと、利害関係の一致がないと動かない生き物なのかも知れません。しかし、それでは駄目だと仏様は教えて頂いています。

 いつも飢えと渇きに苦しむ餓鬼(がき)を知っている方もいらっしゃると思いますが、その容姿と言えば「背は低く、非常に痩(や)せ細っていて、喉は針の様に細く、肋骨は浮き出ていて、手足は骨に皮が張り付いている」そうです。生前、自分の利益のみに執着したためにそんな姿の生き物に生まれ変わってしまったのです。「自分の利益」のみを追求していた者、つまり、生きているとき「我利、我利」と言っていた者が、「非常に痩せ細った姿」の餓鬼となるのです。

大和郡山市本庄町のオムライス①

 SN3O0004SN3O0002ここは地元の小冊子に紹介されるまで、何回も前を通っていたのに知らなかったオムライスが有名なお店です。県道108号大和郡山広陵線沿いにあって、郡山警察の前なので、非常にわかり易い場所にありますが、東側の警察に目が向いているのでしょうね…。西側のこのお店の存在には、まったく気が付かなかったのが不思議な話です。いろいろとメニューはありますが、最初だったのでスタンダードなオムライスにしました。味もグーですが、お店の雰囲気、内装が抜群です。中に入ると大和郡山市に居る事を忘れます。

103系デビューの日

 DSCN1300本日は1963年(昭和38年)に旧国鉄通勤型電車の主力の一つ、103系がデビューした日です。今年の3月25日のブログでもアップしていますが、103系電車はJR西日本の管区内では非常に長寿かつファミリーの多い電車です。しかし…今月の初めに、こうした旧国鉄時代の車両の置換えに際し、再来年の2016年から大阪環状線を中心に新型車両「323系」が投入されることが発表されています。環状線は総て置き換わる予定だそうです。まぁ、それでも、大和路線や奈良線ではもうしばらくは走り続けるでしょうね。

出雲坂根駅

 IMG_0444IMG_0443 木次線の中では駅そばの亀嵩駅以外に、JR西日本では唯一の3段スイッチバックが存在する出雲坂根駅も有名です。ホームの片隅に延命水と呼ばれる湧き水もあります。今年の11月22日の旅番組の土曜スペシャル「錦秋の列島へGO!ローカル線 紅葉列車の旅」であの森尾由美さんと根本りつ子さんが出雲の里で有名な『JR木次線の観光トロッコ列車・奥出雲おろち号』に乗車して、この出雲坂根駅を訪問しています。現在の出雲坂根駅は一日の乗車人員が一ケタと寂れてはいるものの、全国に知られ、乗り鉄なら一度は訪問したいと…期待の膨らむ山峡の無人駅です。

深・仏陀の教え⑤~直心是道場~

 前回の「歩々是道場」と同じ様な意味で「直心(じきしん)是道場」という言葉があります。自分の心の内面が「直心」で、外の景色が「歩々」という事らしいのですが、今の私には…理解に苦しみます。しかし、朧げながら何となくイメージできそうな気がします。「直心」は素直な心、正直な心の事です。「歩々是道場」はその気になれば、いつでも、どこでも自分の道場、IMG_0372「直心是道場」は心がけ次第でいつでも、どこでも修行ができる事だと思います。

 では、「修行」とは何なのでしょう…。 財産や地位、名誉、権力、性欲といった人間的な欲望から解き放たれ、生きていること自体に満足感を得られる状態を求めることです。では、なぜ?「修行」をするのでしょうか?生きていること自体に満足感がないのでしょうか?きっと、満たされる…という事について、自分で答えが出せていないからかも知れません。世間一般で評価されるものしか、興味がないと、自分で良いと思う理由がなくなってしまいます。つまり、素直な心に至る、ベースの心がないのですから「修行」が空振りになり、あえて、空虚な場所で「修行」の名を借りた「精進」に身を寄せてしまうのではないでしょうか?一生懸命、努力する事は大切ですが、目標や方法を間違えると、取り返しのつかない事になります。

赤坂のチキンカツ

 SN3O1304前職時代は給料日が毎月25日で、結婚してからはその日の夕食はチキンカツと決まっていました。もう、昔の話ですが本日、25日に赤坂のチキンカツをアップしようして、思い出しました。写真のチキンカツは過去に紹介したリーズナブルなものの倍の値段ですが、味も美味しく、有名店だけの事はあります。歌舞伎役者が総合ディレクターだけあって、メニューも店内も凝ったお店です。夕食になると値段も跳ね上がりますが、ランチは普通の予算に対して、ワンコインプラスって感じです。

深・仏陀の教え④~歩々是道場~

 お金でクルマや宝石、高級時計は買えても、夢や愛、友情を得る事は出来ないし、想い出も作れません。地球上の生き物で生存活動とは別の次元で、お金の為に仲間を殺すのは人間だけです。お金で失敗して、私の前から姿を消した人が、この五十数年間に何人かいます。SN3O1107

 人間が貨幣経済を選択した時から一匹の魔物を心に同居させた訳です。自分の努力や能力を超えて、お金がたくさん欲しい人は、この魔物がきっと、複数匹いるのです。お金はある意味自分の評価ですが、他者がしているので、他者の評価に留まります。問題なのは自分自身の評価です。自分で良いと…正しいと…思う事、判断できる事が日々できているかどうかです。もちろんお金が無いと食事や勉強もできませんし、生活が成り立たないのは良く分かっています。ただ、人間関係からお金を引き算した時、何も残らない様な空虚な人生は悲しいと思います。お金がなくても、精進すること…心の在り方問う事こそが、歩々是道場(ほほこれどうじょう)ではないでしょうか?これは、禅の教えで、『日々の心がけや姿勢次第で、どんな場所であっても自分が向上し、高みを目指す道場になるという意味ですね。』お金は関係ありませんし、お金を切り離してこそ、真の理解と修行ができる…深く、尊い教えです。

深川めし

 SN3O1301 SN3O1297東京都江東区深川の「深川めし」は日本五大銘飯(にほんごだいめいはん)の一つで1939年(昭和14年)に全国の郷土料理のの中で、ご飯料理として選定された料理です。他の四つは埼玉県小川町の「忠七めし」、 岐阜県の可児市、御嵩町、美濃加茂市、恵那市等の山間部の「さよりめし」、 大阪の「かやくめし」、 島根県津和野の「うずめめし」で、 日本を代表する米料理です。私は「深川めし」以外では「かやくめし」しか知りませんでした。

 写真は浅草のデパ地下で買った弁当タイプの「深川めし」です。「深川めし」はアサリが有名ですが、これは明治や大正の頃から使われていたそうで、もっと昔はアオヤギと呼ばれるバカガイが一般的でした。また、機会があれば、汁かけタイプの丼飯バージョンをいただきたいものです。

京都の真心②~終い弘法~

 IMG_0504京都市南区にある東寺こと教王護国寺では、弘法大師の命日にあたる毎月21日に「弘法市」と呼ばれる縁日が開かIMG_0501れていますが、一年の閉めの12月の縁日は「終い弘法」と呼ばれ、師走の京都の風物詩です。その、「終い弘法」に昨日、行ってきました。境内を中心に1000を超える露店が所狭しと並び、正月用の品々やおせち料理の食材、古着、骨董品のお店が賑わいます。私が訪れたのは14時過ぎでしたが、既に売り切れのお店もいくつかあり、また、御朱印が頂ける納経所は長蛇の列という事で「終い弘法」の雰囲気を味わって、早々に帰りました。

 元々「縁日」とは神仏がこの世と“縁”を持つ日とされています。この“縁日”に参詣すると大きな功得があるということになり、年内最後の“縁日”ですから、当然のことながら人出も多くなります。この日の参拝客、訪問客はざっと10万人以上にもなる一大イベントですが、京都の暖かい真心を感じる一日でもあります。