Monthly Archives: 3月 2013

新・そば処⑬

 SN3O0739この“おろし蕎麦”は十津川役場の近くの道の駅「十津川郷」の2階の蕎麦屋さんで食べました。めはり寿司もメニューにありましたが、売り切れでした。ただ、1階の特産品売り場で買ってくる手もあり、私はそうしました。十津川村は日本一広い面積の村ですが、ほとんどが山林です。道の駅には足湯もありますが近くに徒歩で行ける温泉施設も2カ所あり、時間の流れが止まった様なゆっくりとした雰囲気を味わえます。

 特産品売り場には北海道の新十津川町の名産のラーメン等も販売しています。この北海道の新十津川町は1889年(明治22年)に起きた十津川大水害の時に十津川村が滅状態になり、はるばる北海道へと移住した村民たちでつくられた集落です。そして、今でも十津川村と新十津川町は同じ町(村)章を使用し、十津川村を“母村”と呼び、親しく交流は続いております。

 今日で3月も終わります。3月まで放映されていた「相棒11」、「科捜研の女12」等は終わりました。警察関係のテレビドラマはこれに「臨場」を加え、私にとっては三大刑事&サスペンスドラマです。十津川村が名前のの由来(西村京太郎が探偵役の名前を考えていた時に、たまたま日本地図で目に留まったのが十津川村だそうです。)の十津川警部シリーズはあんまり見ないですね。

新・散歩道⑪

 SN3O0823先日、散歩道に咲く菜の花を発見しました。彼岸も過ぎ、4月を目の前にして春本番の頃、桜の花見もあちら、こちらで催される事でしょう。さて、今日は2008年(平成20年)に東京都交通局日暮里・舎人ライナーなる新交通システムが開業した日です。GRP_0009東京都足立区に舎人(とねり)という地名にちなんでいます。この舎人という地名は戦国時代にここを拠点として活躍していた地元の豪族、舎人氏に由来している説がもっとも有力です。舎人は飛鳥時代からある下級役人の役職名です。舎人氏の祖先はと言うと、天武天皇の皇子である舎人親王にたどり着きます。舎人ライナーの写真の提供者は東京のN・Jさんです。

農人橋

 江戸の八百八町に対して大阪は八百八橋と呼ばれていた様に、江戸時代からは縦横に堀川を張り巡らせたいた「なにわ」は橋の都と言えます。戦後は数多くの堀川は埋められてしいましたが、IMG_2758現在でも大阪市内には約800の橋が架かかります。地下鉄や私鉄を中心に深江橋、淀屋橋、緑橋、鶴橋、京橋、日本橋、四ツ橋、長堀橋、汐見橋、肥後橋、心斎橋、大江橋、渡辺橋、天満橋、芦原橋、西大橋など駅名にも橋の名前が使われています。

 写真は農人橋(のうにんばし)で大阪市中央区の東横堀川に架かる中央大通の橋でこのあたりの町名にもなっています。橋の歴史は古く、関ヶ原の戦いの年、1600年(慶長5年)の記録に久太郎町橋と記されているのが最初の農人橋だそうです。当初は農作業に用いられたそうで、それが橋名の由来でもあります。

理想の誤用

 「鳥肌が立つ」は元々は寒さや恐怖によって立毛筋が反射的に収縮する意味合いでしたが、現在は感動した場合にも用いられ、誤用が市民権を得た感じもします。そして、SN3O0825「理想」の意味を調べてみると『…考えうる最高、最善の状態や実現したいと願うベストの目標…。』とあります。ですから、「理想が高すぎて実現不可能…。」なんて事は本来ない筈です。しかし、現実には存在しないレベルの高い規範や価値をさす場合に使われ、現実と距離を置く様になってしまいました。これは自分の立案、計画した目標に、力不足で到達できない言い訳として現代人の都合で変えてしまった感じです。いつの間にか手の届かない努力目標を「理想」にして、本来の「理想」に向う努力の人を儚い「夢追い人」に仕立ててしまった訳です。「理想」と「現実」は対置されるべきものでなく、同じベクトルの延長線上にあるものなのです。「鳥肌…」同様、正しい使い方がされなくなった「理想」ですが、ここは一番、土俵際で踏みとどまって、本来の意味とモチベーションを復活させましょう!

花芝町のランチ

 SN3O0827近鉄奈良駅から、きたまちへ向かう途中の花芝商店街にこのお店はあります。ちょうど奈良駅の北側でお店まで5分もかかりません。昨年の1月にリニューアル・オープンした創作料理店で「お豆腐・唐揚げダイニング」が売りです。お寺検定の日のランチに立ち寄りましたが、このお店の雰囲気はたいへん良く、一人ではなくて会話を楽しめる人と行くのがベストチョイスです。写真のランチは680円で、看板メニューのお豆腐や唐揚げもちやんと入っています。他に大仏コロッケもあるらしく、次回はディナーに奥さんを連れて行きたいと思います。

お寺検定

 IMG_2787先週の3月17日(日)に奈良女子大学に「第一回お寺検定」の3級を受験しました。主催はお寺検定運営事務局と奈良新聞社で試験会場は奈良をはじめ東京、名古屋、大阪、福岡の5都市で実施されました。「お寺」をキーワードに、関連する歴史や文化、美術、芸能などあらゆる側面から出題されます。お寺の教科書なるテキストも買いましたが、誤植が10数カ所以上と少し多かった様ですね…。試験会場の奈良女子大には鹿がいました。この学校の旧本館及び守衛室、正門は重要文化財に指定されています。IMG_2781

 さて、点数は何とか75点以上はあると思いますが、3級の合格基準は「全受験者の成績上位70%内を合格とする…。」という事ですので、奈良検定や京都検定とは少し違います。結果の解る来月末まで楽しみにしておきます。会場の机の上には真言宗の開祖空海と聖地高野山をテーマとした「空海・高野山検定」のパンフレットが置いてありましたが、検定ブームはまだまだ続きそうですね。

真・課長の壁⑱~執念の裏側~

 「執念」とは『ある一つのことを深く思いつめる心…執着して動かない心』の事です。昨年、“執念と信念”というタイトルでブログを書きました。ブッダは執着する故に苦しむと説いていますが、SN3O0795今日は「課長の壁シリーズ」ですので、少し観点を変えてみたいと思います。仕事においては時には「執念」も必要です。どうしても成し遂げねばならない、完遂させないといけないMISSIONには迫力のある「執念」がないと上手くいかないものです。ただ、その「執念」の裏側には「愛情」が潜んでいて欲しいものです。「復讐」ではなく、「成就」なのですから、関係者の「愛情」なくては成立しないのです。

 誰でも爽やかかつ前向きな「執念」を見せられると脱帽するものです。『念(おも)い』が伝わる故、他人が動くのです。生半可な態度では真剣さは伝わらないし、責任ある行動にも繋がりません。相手の少し厳しい対応にムキになったり、反発している内は「執念」の正しい発動はあり得ません。評価されない…実現できない自分の姿に対して、適当な言い訳を探して、心が折れると泣き言を叫ぶ前に、物事を「成就」させてこその「執念」だと解って頂きたいと思います。花が咲くという事は、「種の執念と地球の愛情」の為せる技なのですから…。

美合のきしめん

 SN3O0810写真では「きしめん」かどうか確認が難しいですが、紛れもなく「きしめん」です。右上の平べったい麺で確認できます。愛知県岡崎市の東名高速道路の美合パーキングエリアの麺類コーナーのメニューで、先日の弾丸ツアー時に食べました。imageこのパーキングエリアは美合町にはないのに、美合という名前になっています。美合という文字からくる良いイメージが採用の理由かも知れませんね?

 美合町のある岡崎市は八丁味噌や徳川家康誕生の地として有名です。そして、大河ドラマ『八重の桜』で西田敏行演じる会津藩家老の西郷頼母は、この地で家康に仕えた三河西郷氏とは遠い親戚の様ですね。

郡山総合庁舎のカツ丼

 SN3O0814大和郡山市の旧・片桐高校が改修され「奈良県郡山総合庁舎」として昨年の1月より運用されています。保健所や土木事務所が移転している他、一階にカフェレストランが併設されています。ここは業務を通じて障害者の就労支援の充実と、憩いの場として地域に愛される事業所を目指していてオシャレな職員食堂となっています。一般にも解放されていて、私も2回、ランチに行っています。写真は定番のカツ丼で正にワンコインです。みそ汁もつくので今国府(いまご)の交差点にあるカツ丼のチェーン店にも負けていません。

弾丸ツアー②

IMG_2746 IMG_2733靖國神社はかつて東京招魂社(とうきょうしょうこんしゃ)と呼ばれ、創建には写真の大村益次郎が尽力しています。上野戦争の軍議で薩摩の海江田信義は大村益次郎に「君はいくさを知らぬ」と言われたことに怒り心頭に発する結果となり、後の京都での暗殺に関与したと言われています。この海江田信義は何と、明治3年、4年と奈良県知事をしています。

靖國神社の境内には遊就館という同社の祭神ゆかりの資料を集めた宝物館があります。第二次世界大戦中にタイとビルマ(現・ミャンマー)を結んでいた泰緬鉄道(たいめんてつどう)で活躍したC56形蒸気機関車の31号機が展示してあります。1979年(昭和54年)に大井川鐵道の44号機といっしょに帰還しています。このC5631号機は1936年(昭和11年)に日本車両で製造され石川県の七尾機関区に配属され、走行していた後、大東亜戦争で南方に徴用された90両の内の1両です。よく帰ってきたものだと感心します。機関車は正に帰還者であり、家族の想いや兵士の魂とともに日本に戻ってきたのですね。SN3O0808 SN3O0807

靖國神社問題が存在する事も事実ですし、軽々に論じる事も憚ります。「靖国」という社号は明治天皇の命名で、「祖国を平安にする」「平和な国家を建設する」という願いが込められています。もう少し、シンプルに考えてみると見えてくるものもある気がします。

参道の第二鳥居手前の「外苑休憩所」は気軽に入れる靖國神社境内の食堂 で創業は昭和11年からと、遊就館に展示してある蒸気機関車と正に同期の桜です。写真のラーメンや牛丼は年配の方に喜ばれる庶民的な昭和の味です。