Monthly Archives: 1月 2013

新・そば処⑪

 駅構内にある蕎麦屋は乗車券を持ちながら、というよりは鉄道を利用する前提で食べるので、少なからずそこには「旅情」があると思っています。もともと、関西には「構内うどん・そば」はあまり、なかったので、増えた今でも関東圏に比べると、店舗数は多くありません。写真の“鴨なんば”を食べたのは鶴橋駅のJR環状線内回りホームにある立ち食いそばのお店です。400円なので、駅そばとしては割高かもしれません。SN3O0676

 “鴨なんば”の「なんば」は「なんばん/南蛮」ですね。鴨とネギが具に使われるているので“鴨南蛮”なのですが、ネギが「南蛮」と呼ばれるのは、江戸時代に来日した南蛮人がネギを好んでいたからですね。チキン南蛮の南蛮もネギや唐辛子の刻みを混ぜた甘酢である「南蛮酢」で味付けしてあるからです。

 さて、本日1月31日は『愛妻家の日』です。1月の1を(I)に見立てて、「あい(I)さい(31)」の語呂合わせで日本愛妻家協会が制定しています。愛妻家とは、妻を熱烈に愛してやまない夫のことで、公表が原則の様です。そして、更に奥様の評価もプラスした方がはっきりするでしょうね。

新・散歩道⑨

 今日、1月30日は孝明天皇祭です。第121代孝明天皇は1831年(天保2年6月14日)生れで1876年(慶応2年12月25日)に崩御されました。崩御の日を陽暦に換算すると、本日、1月30日となります。SN3O0677幕末、維新の時代が好きな人には、明治維新に一番深くかかわった天皇が孝明天皇で、その突然の崩御が会津の運命を変えたと言う事はよく知られています。そして、タイミングよく、翌年に倒幕の勅命が下され、坂本竜馬や中岡慎太郎が暗殺され、その後すぐに鳥羽伏見の戦いに突入しています。少しだけ、勉強…までとは言わなくても、下調べをしておくと『八重の桜』は間違いなく10倍は面白くなります。

 さて、写真はいつもの散歩道です。毎回、同じような池の写真ですが、思わず撮影したくなった夜明けです。今年一年はNHKの大河ドラマを見ながら、明治維新は本当に日本の夜明けだったのか?という真相を考察したいと思います。

木戸孝允邸宅跡

 幕末の文久から慶応年間の頃の京都の政局は主導権をめぐり、激しく動いていました。その中心は朝廷であり、京都御所周辺の公卿屋敷が政治の拠点でもありました。この木戸旧邸は、DSCF0165御所から遠くない場所に位置し、近衛家の下屋敷を譲り受けて別邸とし、木造二階建でした。現在は旅館が建てられています。DSCF0166場所は京都市中京区土手町通夷川上ル末丸町です。木戸孝允は1877年(明治10年5月25日)、西南戦争の最中に京都で亡くなっています。その直前の5月19日に明治天皇がお見舞いに邸宅まで来られたそうです。

 木戸孝允、西郷隆盛、大久保利通の維新三傑はそれぞれ別の理由で一年の間に亡くなっています。大河ドラマ『八重の桜』のキャストに大久保利通はありませんが、『相棒Seazon10』まで杉下右京の相棒だったミッチーこと及川光博(おいかわ みつひろ)の演じる木戸孝允は楽しみです。及川さんは相棒を降りましたが、今春公開予定の『相棒シリーズXDAY』 には  神戸尊 として登場しますよ。

新島旧邸

 DSCF0199DSCF0190昨日、京都の新島旧邸の見学に行ってきました。外観から撮影するつもりでしたが、内部の見学もできました。基本的には事前の予約が必要だそうで、無理を言った訳ではありませんが、混雑具合も考慮に入れて頂いたのか?ラッキーでした。この邸宅は1878年(明治11年)に竣工した木造二階建ての和洋折衷の住宅です。同志社英学校が開校した時に仮校舎としていた高松保実邸の跡にボストンの友人J.M. シアーズの寄付によって建てられいます。外観にはコロニアルスタイルを取り入れ、一見、DSCF0189「洋館」をイメージしますが、実際には伝統的な真壁(しんかべ)造りで、和に洋の要素をうまく取り入れています。

 大河ドラマ『八重の桜』の効果もあって、きっと訪問する観光客も多いと思われます。場所は京都御苑の南東で地下鉄「丸太町」からでも、京阪「神宮丸太町」でも徒歩10分です。この旧邸は同志社創立者「新島襄」の旧居としての価値が認められ、1985年(昭和60年)に京都市指定有形文化財に指定されています。

山焼き2013

 山焼きは早春を告げる奈良の風物詩のひとつで、若草山で行われる冬の代表的な行事です。600発の打ち上げ花火の後、約33ヘクタールの草地に一斉に点火されます。今年の若草山の山焼きは昨日、寒風の中、無事に執り行われました。奈良工場の県外出身者の若手を中心にIMG_2358若草山の中腹まで見に行きました。近鉄の駅でパンフレットIMG_2387を観るまでは松明の行列などがある事は知らなかったのですが、まだ明るいうちから何かと行事がたくさんある様です。それでも、若草山へは山焼きを見る人はスタート直前の18時前に集まってきます。それはあまりに寒いからでしょう。じっとして待っているだけなので凍えます。

 見物客は18万人と言われています。今までは遠くで見ていましたが、今回の様に近くでのかぶりつきも迫力満点です。来年は聖火行列や野上神社での手松明とかがり火により神事等もじっくりと見てみたいものです。

大宇陀のラーメン

SN3O0669 伊賀忍法に周囲を囲まれた敵の攻撃に対し、回転しながら、ジャンプして刀で弧を描き、一瞬にして切りつけ…せん滅する必殺技が確か、「月の輪」だったと思いますが、このラーメンの名前も同じ名前がついています。醤油ベースでトロミのあるあんかけラーメンで豚肉、挽肉、とき玉子イカ、エビとニラが入って具だくさんです。大宇陀の国道166号線沿いですが、近くにこういった中華系のお店がないのか?店内は大繁盛です。熱くてなかなか食べられないので、断然、寒い季節向きですが、ライスを頼んでおいて“中華丼風”にして先に食べるのもグーです。お店ではたくさんのお客さんがチャーハンを頼んでいましたが、イケル味なのでしょう。

東吉野村②~天誅組、終焉の地~

 IMG_2199明治維新の5年前、坂本龍馬や武市半平太と同じ土佐勤王党に参加していた吉村虎太郎や那須信吾、三河の松本奎堂、備前の藤本鉄石ら尊王攘夷派の志士たちによる、「維新の魁」と呼ばれている武装蜂起が天誅組の旗揚げです。そして、今年でその蜂起から150周年を迎えるにあたり、東吉野村を中心に天誅組サミットと天誅義士の慰霊法要、その他各種イベントが予定されています。実際、蜂起から壊滅まで二カ月もなかった短命の天誅組ですが、何の因果か、この東吉野村が終焉の地となりました。IMG_2203
 1863年(文久3年)8月13日に「大和行幸の詔(やまとぎょうこうのみことのり)」が発せられ、孝明天皇自らが奈良の春日大社や神武天皇陵に参拝し、攘夷の作戦会議を開く事になっていました。その先鋒として天誅組が旗揚げされたのですが、会津藩・薩摩藩を中心とした公武合体派が、長州藩らの尊皇攘夷派を京都から追放した政変(八月十八日の政変)が起き、天皇の大和行幸も一旦、中止となりました。天皇は政変の正当性を容認し、天誅組を討つよう命じられ、最後は逆賊とされています。幕末、維新をテーマにした映画、ドラマでもこの天誅組が取り扱われた例はほとんど皆無ですが、150周年の今年、「八重の桜」ではいかがでしょうか?

オマージュ

 先週の土曜日、ロードショーの初日に夫婦で山田洋次監督の映画「東京家族」に行ってきました。81作目で監督50周年記念作品となるファミリー・ドラマです。昨年の12月8日(土)のMBSラジオの映画サロンで紹介されていて、是が非でも観たい映画と思っていました。パーソナリティーの浜村淳さんは、ほぼ映画の内容をお話しされる場合もありますが、SN3O0672それが故に観たくなるのです。あの名匠・小津安二郎の1953年(昭和28年)の『東京物語』に“オマージュ”をささげた作品で、東日本大震災の影響で延期もありましたが、温かな感動を呼ぶ素晴らしい映画です。内容は各サイトで紹介されていますので、私の拙い文章であらためて書きませんが、日本人が忘れていた『心のふるさと』や『家族の絆』を感じました。上映中は暗いので年甲斐もなく、ボロボロと涙を零しました。

 映画の中で家族の故郷の舞台となった広島県の大崎上島(おおさきかみじま)には美味しいラーメンが食べられる食堂もあるらしく、有名な社寺はなくとも行ってみたい処です。

 “オマージュ”は元々フランス語で敬意や尊敬という意味で、芸術や文学においては、尊敬する作家や作品に影響を受けて、オリジナルに似たような作品を創作する事です。ですから、小津安二郎監督の『東京物語』も近々、観たい映画です。

東吉野村①~ニホンオオカミ終焉の地~

 今日は1905年(明治38年)ニホンオオカミの最後の一頭が東吉野村の吉野山中で捕獲された日です。伊勢街道を中心に発展してきた東吉野村は大和郡山市から50㌔程度の場所で、IMG_2216自動車で1時間半の所要時間です。奈良県東部に位置し、隣は三重県で同じ吉野でも桜で有名な吉野町より遠く、鉄道も走っていない為、不便ですが、山と渓谷に囲まれた自然豊かな日本の山村です。先日、ニホンオオカミのブロンズ像を見に行ってきました。明治38年当時、ここにあった宿屋の「芳月楼(ほうげつろう)」で東吉野村の猟師から、英国より派遣されていた東亜動物学探検隊の一員の青年動物学者に8円50銭で買いとられ、大英博物館の標本となっています。その標本には『採集地ニホン・ホンド・ワシカグチ』との記録があり、動物学上の貴重な資料です。

 IMG_2224このブロンズ像は1987年(昭和62年)の制作で当時、奈良教育大学教授であった故・久保田忠和氏の手により再現されています。ニホンオオカミは人間にとっては恐ろしい存在ではなく、どちらかと言うと熊や猪等の有害獣なる野性動物から人間を守ってくれた山の神様みたいな存在だったです。最後の一頭が捕獲された後も山中でオオカミの遠吠えが聞こえたという話もあったようです。人間は自然界を知る意味で、時にオオカミにだけでなく動物の「咆哮」に慄く事もいい勉強になるでしょう。左の写真の「天皇陛下行幸跡」は1951年(昭和26年)11月18日に昭和天皇が旧小川村の植林状況を視察された行幸を記念する碑です。

カレーなる日々

 SN3O0666今日はカレーライスの日で、その由来は昨年の同日のブログに書いてあります。左の写真は大和郡山市の大型ショッピングモールにある洋食屋さんのカレーライスです。このお店は有名な大衆食堂のチェーン店の別ブランドですね。基本的にカレーライスを外食することはほとんどないのですが、ブログネタの為に食べました。外食のカレーライスは具だくさんではないのが残念ですね。本当は自家製で作った方が美味しくいただけるのですが、最近はカレーだけでなく、他のメニューも作らなくなりました。SN3O0674

 右の写真はJR王寺駅の南にあるカレーライス屋さんの看板メニューの“目玉カレー”です。地元ではちょっと有名で、味も評判もよいお店です。店名が神奈川県の大都市の名前なのですが、こじんまりとした歴史あるカレーの専門店です。スタンダードな辛さは甘口ですが、私にとっては中辛クラスなので、ちょうど良い辛さです。ちなみに、辛口は奈良県でナンバーワンの辛さだそうです。店内はカウンター10席程度で、正に味で勝負されてるリピーターの多いお店の様です。食後にバニラアイスかコーヒーが出ます。社内でもカレー好きの人が多いので、近々再訪しそうな雰囲気がします。