Daily Archives: 2012年12月6日

太子に学ぶ⑤~鶴林寺~

 創建が589年と伝わる“播磨の法隆寺”こと鶴林寺は、日本でも五本の指に入る最古級のお寺です。それでも法隆寺や薬師寺と違って山号があり、山号を刀田山(とたさん)と称します。本尊は薬師如来で国宝・太子堂が再建900年を迎えた事もあって、その本堂秘仏の薬師如来の慶讃特別ご開帳が11月25日まで行われていました。本来ですと前回が1997年(平成9年)でしたので、60年に一度の御開帳となると、次回は2057年の予定でした。しかし、今回、新宝物館の完成と太子堂再建900年とで記念の慶讃特別ご開帳となりました。11月22日に仕事で加古川に来た時にこの内容のチラシを見たので、11月25日の日曜日の最終日参拝となりました。

 鶴林寺の歴史は高麗の僧の恵便(えべん)法師はが排仏派の物部氏の迫害から逃れて、この播磨の地にに身をかくしていたところ、その話を聞いた聖徳太子が教えを請う為に、ここに来られた事に始まります。その後、ブレーンとして活躍した秦川勝(はたのかわかつ)に命じて三間四面の精舎を建立し、刀田山四天王寺聖霊院と名付けらています。この秦川勝は京都の広隆寺建立でも有名で、渡来人系の商人でもあった人ですね。

 伝わる話によるとお釈迦様が入滅のときに、沙羅の木が、まるで鶴の羽のように真っ白に枯れたということに由来し、鳥羽天皇が「鶴林寺」の勅額を下賜し、寺名となっています。「鶴林」とは釈迦の涅槃の「沙羅双樹の林」を意味しているそうです。 昔は国鉄高砂線の駅が近くにあったので、アクセスが良かったのですが、現在はJR加古川駅から本数の少ない路線バスが頼りです。

 最近、聖徳太子は『日本書紀』の中で創作された人物という説もありますが、こうしてひとつ、ひとつ…ゆかりの寺院を参拝してみると、改めて聖徳太子の存在が大きなものとして認識できます。歴史上の人物を今の時代に知ろうとするならば、先ず、存在を信じ、精神を信じ、自分なりの太子像を信じることから始まると思います。