Monthly Archives: 7月 2012

只管打坐

  今日で7月も終わりです。梅雨明けから急に蒸し暑くなりました。暑いときはお寺で座禅でもすると良いのでしょう…。禅も奥深いものです。恥ずかしながら、只管打坐(しかんたざ)は、最近、認識した言葉です。無心にただひたすらに座禅を組むことで、曹洞宗の開祖、道元禅師がこう呼びました。ひたすらを漢字変換すると「只管」になります。

 道元禅師は13歳の時に比叡山に入り、建仁寺で修業の後、24歳の若さで中国に渡っています。当時の中国は宋の時代で、その頃の入宋の留学僧は、数多の経典や仏像などを持ち帰ったそうですが、道元禅師は形に残る物は何も持ち帰らなかったと言われています。浄土真宗の開祖である親鸞聖人と道元禅師の時代はかぶっていますね。そして、ただひたすら、念仏を唱えたり、座禅を組んだりする事に共通点も伺えます。また、二人とも開祖でありながら、それぞれの宗派の名前は後々に呼ばれています。この日本の仏教界に名を刻む巨星はお互いに生家が公家ということもあって、縁戚関係であったとする説もあります。そうであれば、二人は何処かで顔を会わせていたかも知れません…。

 ちょっと難しい話になりますが、道元禅師は座禅が悟りを得るための修行ではなく、座禅そのものが仏性、つまり人間が持っているとされる仏の本性であって、仏になる可能性を意味する事を顕わしていると説いています。にわかには理解しがたい内容ですが、時間をかけてゆっくり勉強してみたいと思います。

女子ソフト世界一

 華々しく開幕したロンドンオリンピックですが、直前に女子ソフトボールの世界選手権がありました。エースの上野由岐子が413球を投げた4年前の北京オリンピックで最後となった種目で、その時は素晴らしい連投、熱闘で金メダルの栄冠に輝いています。その記憶は皆さんの脳裏にも鮮明にあると思いますが、またまたやってくれました!!カナダ・ホワイトホースで開催されていたソフトボールの女子世界選手権最終日は7月22日、決勝戦で8連覇を目指したアメリカを延長10回、2―1で破って、何と1970年の第2回大会以来11大会、42年ぶり2度目の優勝を見事に果たしました。日本は敗者復活戦でオーストラリアを2―0で破り、決勝に進出し、1―1で迎えたタイブレーク方式の延長10回1死三塁、大久保選手のスクイズで決勝点を挙げ、準決勝で敗れたアメリカに雪辱しました。今大会もエースの上野由岐子はオーストラリア戦で4安打完封、アメリカ戦でも3安打1失点で完投しています。 彼女は20日からの3日間で4連投、32イニングを投げ抜いています。正に鉄腕稲尾和久の女性版ですね。既に不採用が決定しているらしいですが、2016年のブラジル、リオデジャネイロで開催されるオリンピックには是非とも、女子ソフトボールは復活してもらいたいですね。

啓発ポスター

 先日、JR新今宮駅でこのポスターが目に飛び込んできました。…それは、誰あろう…私の好きな「新造人間キャシャーン」です。JR西日本では50周年を迎えるタツノコプロから人気の「タツノコオールスターズ」を使ってマナー向上を呼びかけています。啓発ポスターに少しユーモアを持たせているのが関西らしいと思います。『その通話、君が切らねば、誰がきる』とあるのはアニメ史上、燦然と輝く、オープニングナレーションの金字塔…『たったひとつの命を捨てて、生まれ変わった不死身の体、鉄の悪魔を叩いて砕く…キャシャーンがやらねば誰がやる』からもじったものですね。

 このアニメーションは1973年(昭和48年)の放映で、再放送(リメイクはされています…。)もそう多くないので、知っている人も少ないと思いますが、名作です。実は私はこの一作品のアニメのみDVDBOXを持っています。全35話でマジンガーZやゲッターロボ等の半額以下で、お得だった事もあって大人買いしました。タツノコ作品には「視点の逆転」という特徴があります。AからBを一方的に見て描くのではなく、BからAを、また第三のCを登場させています。そういう意味でこの「新造人間キャシャーン」は考えさせられる作品です。

中町のつけ麺

 大阪から奈良に向かう国道308号線のバイパスの第二阪奈有料道路の中町ランプを降りてすぐに人気の「つけ麺」屋さんはあります。2009年の夏に開店した…とある豚骨ラーメン系列店の「つけ麺」バージョンで、時間帯によると行列ができています。奈良、京都、大阪をはじめ、東京やシドニーにもお店があり、雑誌やテレビなどマスメディアに頻繁に取り上げられる超有名店です。ここに、7月初旬に開店3年目にしてようやく訪問し、人生三回目の「つけ麺」を食べました。写真は麺の太さが極太で、うどんの様な太さの〔並〕の300gですが、とても量が多く、ボリューム満点です。…という訳で若者向きのラーメン店ですね。

真★課長の壁①~修羅場~

 一般的に修羅場というと、芸能ニュースの影響で、痴情のもつれによる男女間のイザコザをイメージする事が多くなった気もしますが、本来、仏教の伝承等において、阿修羅と帝釈天との激しい争いが行われたと場所の事です。そこから、闘争の行われている場所、またはそのような場所を連想させる揉め事やトラブル、事件、事故の現場、現状の意味として使われています。一言で表現すると、逃げ出したくなる様なシーンです。

 マネージャーである課長は逃げる事が許されません。いや、逃げない素養を持っているからこそ課長となっているので、逃げると課長でなくなります。そうです!!逃げてはいけないのは課長という役職の場からなのです。そして、逃げるのは課長でなく自分自身の方なのです。万が一、逃げ出したら、課長という抜け殻だけが残っています。ですから、現在、課長の方はその役職に矜持を持ち、仕事に、部下の育成に…そして何よりマネージメントに尽力して頂きたいと思います。

 写真は前職で私の課長代理昇格試験前日に『明日の試験は無くなった…!』と言った元工場長です。ドタキャンになった原因はわかりませんが、今では当時の私に覚悟と実力が足りなかったからだと真摯に受け止めています。先日、10年近い時を経て再会しました。世の中には一見、理不尽と思えるジャッジや指摘はあるものです。そして、そのひとつひとつに目くじらを立てて不満に思って、誰かに訴えても事態が好転する訳でもありません。例え、真実がどうであろうと、様々な事例の前に、じっと堪え、そっと忍んでこそ、咲く花、成る実がある事を知っておき、信じる事の方が道は開けます。

一心寺

  ブログ三年目の記念すべき6月20日の732回目がこの「一心寺」でした。私は上海からソウルへ移動中で、突然のサーバー障害がこの日の事でしたので、夕方までの掲載となりました。よって、内容を新たに再アップします。

 坂松山高岳院一心寺(ばんしょうざん こうがくいん いっしんじ)が正式名称で骨仏の寺としてよく知られている浄土宗の「一心寺」は大阪市の天王寺区にあります。鎌倉時代に入った1185年(文治元年)の春、に当時は天台宗の影響が強かった四天王寺の別当の慈円の要請があって、法然が四天王寺の西門の坂近くに、四間四面の草庵を作った事に始まります。後白河法皇が四天王寺を参詣した折にここを訪れて、法然と共に“日想観”を修した場所と言われています。当時の草庵から見る西方は海を遠く見渡せ、極楽浄土の瑠璃の地そのものでありました。“日想観”とは極楽浄土を見る修行の一つで西に沈む夕陽を見て、その丸い形を心に留める修行法です。この夕陽を見る時に、心を堅くとどめて乱すことなく、一すじに想いつめて他のこと に触れない姿勢とともに修行します。このあたりは小説「親鸞」を読んだ後ですと、登場人物や内容においても通じるところがありますね…。

 「一心寺」は本来は盆の間だけの施餓鬼法要が年中できる寺院として広く知られています。私が訪問した日も参拝客が多く、境内は所狭しと行列が出来ていました。

仏陀の教え⑬~小さなきっかけ~

 ハトやシカのように弱くて一見大人しそうな動物が一度、争いを始めると凄惨な事態になるそうです。複数のハトを檻の中で飼ってみると、ストレスなどで争いが生じ、強いハトは弱いハトを殺してしまうだけでなく、死んだハトの内臓までも引き千切り、執拗に攻撃すると言われています。人間を含め、動物は残忍で残酷である本性を知っておかないといけません。楽山①

 子供が生まれたら誰も思う“健康で良い子に育って欲しい…。”という誕生時のささやかであって尚且つ永遠の願いはいつしか、世の中の渦や波の中で変わっていきます。最近のイジメ問題は報道されている事が真実なら、常軌を逸したものであり、大人の責任を感じます。このイジメ問題を含めた「教育」は大人の責任です。親だけでなく、学校や教育委員会、地域を含めた大人の責任です。異常事態の解決を最終的に警察だけに頼っていてはいけないのです。今期の会社の経営方針に『共育…』とあります。これは親になった時に自分の子供への願いが、自分自身も親に同じように思われていた事を知り、それがまた子供にも伝わっていく事がひとつの原点であると感じます。自分の子供が学校で虐められていると知って悲しまない親はいませんし、他人を虐める子供に育って欲しいと思う親もいません。

 イジメをする人、嘘をつく人を含め悪行をする人は救いを求めている場合が多いし、善行に転じる“きっかけ”を探しています。案外、この“きっかけ”は身近に石ころみたいにゴロゴロ転がっています。蹴躓いて膝小僧を擦り剥いても、それに気が付くかどうかと、小さな“きっかけ”を生かせる幸運と力量も必要です。より大きな救いを求め、故に悪行を重ねる人はまた更に多くの悲しみの涙を流す結果となるだけです。混沌とした…悪業が蔓延る坩堝と化した現代社会のちっぽけな自分であっても、他力となる救いの“きっかけ”は必ずあります。ただ、そこから脱出できるかどうかは自力、つまり本人次第です。

苗村神社

 滋賀県の国宝の建造物は22件23棟で、奈良県64件71棟、京都府48件60棟に続く第三位の数で、今回の滋賀ツアーで半分以上の訪問となりました。写真は竜王町にある苗村(なむら)神社です。田園地帯にある神社の広い神域は、広い農道によって東本宮と西本宮に分かれています。国宝である西本殿の祭神は国狭槌命(くにのさづちのみこと)、重文の東本殿は大国主命(おおくにぬしのみこと)・素盞嗚尊(すさのおのみこと)で 延喜式神名帳に長寸(なむら)神社として列座された歴史のある格式高い神社です。

 神社とは思えない茅葺きの楼門(重文・室町地代)をみても神仏混合のなごりを感じ、8月3日の夏祭りには800年の歴史を持ち、無病息災や家内安全をお祈願する大護摩供や子供相撲とともに、重要文化財の「不動明王像」の特別開帳も行われます。この像は本地仏であり、神仏習合時代の伝統を今に伝える鎌倉時代初期の貴重な文化財です。

ころうどん

  岐阜県の南にあり、美濃焼で有名な  多治見市は“日本一暑い町”として観光誘致活動を行っています。そして、日本国内の 最高気温の40.9℃を2007年8月16日に観測しているのです。不思議なことにまったく同じ日の14時42分に埼玉県熊谷市でも同じ40.9℃を記録しています。…これは今年の6月13日に“日本一暑い町の冷たいうどん”としてアップした内容ですが、残骸が何もなく…少し内容を変えて再アップとします。

 多治見は信州への入口的な町で何回か来たことがあります。土地の人に聞くと、飛騨牛、鰻、蕎麦などが名物グルメですが、6月の初めに訪問した時には地元で有名な“冷たいうどん”のお店に行く機会がありました。東海地区では“冷たいうどん”を『ころうどん』と言います。『ころ』とは漢字で『香露』と書き、うどんやきしめんに汁をかけた料理の名称です。通常のかけ汁とは違って、濃い目にブレンドした汁の香りが良いことから「香露(こうろ)」と呼ばれ、『ころ』になった様です。写真は「天ころ」で、麺にコシがあって、濃い目のかけ汁とよくからんで美味しいうどんです。うどんですが、生姜でなくワサビが添えてありました。

新・そば処②

 島根県出雲市の国道9号線にある道の駅「湯の川」の食堂でも割子そばなど、出雲そばが食べられます。山陰本線のJR荘原駅からですと北東に約5分位の場所です。近くにある湯の川温泉は日本三大「美人の湯」の一つとして有名で、女性にも人気の温泉です。三大○○となると…あと二つを知りたくなりますね。ちなみにそれは群馬県の川中温泉と和歌山県の龍神温泉です。

 さてこの食堂のメニューには出西生姜カレーや出西生姜うどん、ご縁チーズバーガー等ユニークなものがあります。出西は“しゅっさい”と読み、出雲地方 西部の地名でちょっと難読です。出東もあって“しゅっとう”と読みます。出西は生姜が有名で小ぶりで繊維質が少ないため、普通の生姜と比べて柔らかいのが特徴です。独特のまろやかな辛みがあって、他の地域では同じ物ができない生姜らしいです。