Monthly Archives: 5月 2012

任されるということ

 今日は多少こじ付けですが、2009年のNHK大河ドラマ『天地人』の第22回に真田幸村(ゆきむら)が登場した日です。その真田幸村の父親である真田昌幸( まさゆき)は信州の上田合戦で二度に渡り、圧倒的戦力の徳川軍を翻弄し、撃退したことで知られた戦国時代きっての知将です。真田昌幸の父親は真田三代の(火坂雅志作の真田三代は①幸隆−昌幸−幸村ですが、江戸時代の真田三代記は②昌幸−幸村−大助の三代の親・子・孫が徳川を相手に奮闘する歴史小説です。)物語と言われている初代の真田幸隆で、最近では2007年の大河ドラマ『風林火山』で佐々木蔵之介が好演していました。その幸隆の三男である真田二代目の昌幸が大阪の役に参戦していれば歴史が変わっていたと言われるくらいの戦上手でありました。『家康が最も恐れた男 真田幸村』という時代劇がありましたが、幸村が恐れられたのはこの昌幸の子供だったからです。昌幸が信玄に仕えていた頃は「信玄の眼」と言われ、高い観察力は時には他国の偵察や家臣や客人の応接等に「心眼」として活かされていました。つまり、戦国大名それも名家である武田家の判断材料になる貴重な情報を任されていた訳ですね。

 「任されるということ」は相手の希望や要求を聞いた事と伝わった事を、その相手と接したそれまでの時間という味付けもプラスし、自分の中で納得、消化して尚かつ、相手の希望する以上の形にし、結果を残していく事なのです。

和歌山ラーメン

   近鉄奈良線の富雄駅近くに和歌山ラーメン店があります。人気は「熟成」で和歌山ラーメンに基本に少し濃い味付けです。店員さんに一番人気と言われ、「熟成」を頂きました。ご当地の和歌山では紀州名物の腐り鮨「なれずし」を発酵させていない鯖寿司の「早寿司」がいっしょに出されるらしいですが、奈良県ではメニューにはありません。和歌山では店名に“丸”が多いらしいのですが、何か理由があるのでしょうか?海を挟んで隣の県の徳島ラーメンとスープが濃い目の甘口で似ていますね。

新・課長の壁⑳(最終回)〜覚悟〜

 日本史のリーダー十傑や宮城県の郷土のリーダーにしばしば顔を出す“伊達政宗”には「片倉小十郎景綱」とともに「伊達 成実(だて しげざね)」の二人の重臣がいました。おそらく伊達成実が有名になったのは1987年(昭和62年)放映のHNKの大河ドラマ、独眼竜政宗で三浦友和の好演からでしょうね。三浦友和自身も今までのイメージと違った役どころで俳優としての大きく幅が広がった作品です。

 「伊達成実」は智の小十郎に対し、武闘派のイメージが強い伊達政宗のブレーンであり、従兄弟ですが、同じ伊達を冠する存在であっても、生涯において家臣として家臣団の先頭に立ち、危機を背負い、危険を顧みず奮闘した武人です。そして、「片倉小十郎」も意気盛んな二人の伊達を相手に沈着冷静かつチームワーク抜群に伊達家の礎を築きました。「伊達成実」は主君の伊達政宗の従兄弟でありながら、その立場に甘えず、家臣団の中で誰が見ても最高クラスの働きをした事が評価されています。つまり、並の覚悟ではなかったという事です。もともと3人は東北という小さな目標でなく、最終的には天下統一を目論んでいましたから、家臣団が大きくなっても統率は取れていましたね。

 最近はリーダーシップ論なるものが話題になりますが、本来、組織の運営に置いてリーダーシップとは勝利をもたらす役割が求められます。かつて、武士の軍団が相手を如何に打ち負かすかが問われるのが今につながるリーダーシップの始まりです。そういう意味で成実と小十郎のいた伊達軍団は強かったのでしょう…。

須磨へ

 須磨と言えばシンガーソングライターの平松愛理の出身地です。彼女も中島みゆきの名曲「糸」をカバーしていますね。また、須磨は平安時代の末期の源平合戦の一ノ谷の戦いの舞台です。現在の大河ドラマの平清盛ではここまで話が進むかわかりませんが…。地名の由来についても諸説あるようですが、隅っこからスミに転じて当字の須磨になったというのが有力です。その須磨に昨日、協同組合主催のイベントで中国の実習生といっしょに「神戸市立須磨海浜水族園」に行ってきました。当日は天気にも恵まれ、遥か彼方に淡路島や明石大橋も見えるダイナミックなロケーションで実習生も引率の現場の責任者のY主任も喜んでおりました。

 須磨海浜水族園では一般的にはミドリガメの通称で馴染みのある外来種のミシシッピアカミミガメを持ってくると一人様無料で入園できる「アカミミガメ・パスポート」を実施しています。深刻な問題になりつつある外来種による川や池の生態系の破壊をくいとめるべく、 5月31日(木曜日) まで受け付けています。

28㍉レンズ

 最近のコンパクトデジカメの広角側は28㍉は当たり前で中には24?クラスのものもあります。写真機の好きなオヤジ世代の我々は一応、24㍉、28㍉、35㍉という焦点距離は使い分けていたつもりです。写真は叡山電車の貴船口で撮影したものです。28㍉レンズを買ってすぐくらいの事でしたが、鉄道写真にも使える焦点距離だと思いましたね。28㍉レンズは使い勝手の良いレンズです。結婚式なんかのスナップ写真もこれ位が最適です。35㍉だとたくさん写らないし、24㍉だとちょっと不自然…。まぁ、拘る私の戯言と聞き流して下さい。

 …今夜の平清盛は「保元の乱」ですね。いよいよ前半のクライマックスです。この時代の登場人物の関係は少し複雑でわかりにくいですね。よって、少し前にわざわざ解説の為の特番をNHKがやっていましたね。視聴率のアップの狙いもあるのでしょうが…。私は井浦新(いうらあらた)演じる崇徳天皇(1972年の新平家物語では田村正和が演じています。)が非常に新鮮です。讃岐に流された崇徳天皇については数々の恐ろしい伝説もありますが、その強力な力ゆえ、逆に四国の守り神にもなっています。三河国出身の室町幕府の管領であった細川頼之(弟の詮春から阿波細川家が始まります。)が四国の守護となった時には崇徳天皇の菩提を弔って四国平定に成功しています。それ以来、細川氏代々の守護神として崇敬されたと言われています。

私の好きな京都⑤

 先週の土曜日の2時間ドラマ「灰色の虹」は監督が「相棒」の監督の一人の和泉聖治だったので録画して見ました。舞台は京都でした…。考えてみると私の好きな「科捜研の女」をはじめ「おみやさん」、「京都地検の女」、「京都迷宮案内」、「その男、副署長」等京都を舞台にした刑事ドラマは多いですね。京都には太秦撮影所があるからでしょうか?結構、ドラマの舞台がそのまま観光スポットの紹介になりますから、ドラマが一役買っています。

 また、京都は歴史の舞台にもなっていますね。島原にある重要文化財の「角屋(すみや)」は 江戸期に栄えて、太夫を抱える唯一の置屋でありました。 幕末の頃には諸大名をはじめ、西郷隆盛、桂小五郎、坂本竜馬、新撰組の近藤勇や芹沢鴨なども出入りし、その刀痕も柱に残っているそうです…。芹沢鴨が暗殺される直前まで、この角屋で酒宴を開いていた事はよく知られています。そして、幕末には久坂玄瑞、西郷隆盛などの勤王の志士が密議を交わしていました。その久坂玄瑞の名前がある石碑があります。幕末の長州藩士の久坂玄瑞は吉田松陰の妹を妻にし、わずか25歳で蛤御門の変で自刃していますね。

私の好きな京都④

 朱雀門から羅城門まで,南北に4㌔にわたる平安京のメインストリートである朱雀大路の痕跡をとどめるのが、現在の千本通りです。その内容が書かれた写真の「平安京朱雀大路跡」の石碑は丹波口駅のすぐ近くの下京区中堂寺坊城町にあります。丹波口は京都の七口の一つで亀岡から丹波に続く山陰街道が延びていました。 中堂寺という地名は、平安時代にこの地にあった中堂寺という寺院に由来しています。この寺院は、比叡山延暦寺の横川中堂の別院として建てらたという話も伝わっています。千本通りや大宮通り等の由来等も調べて行くといろいろな事が分かって面白さが増します。年末の京都検定2級は大丈夫みたいです。

 右の写真はこの近くにある中華屋さんで食べた「ちゃんぽんめん」です。昔の給食や学食の懐かしい時代を思い出す庶民的な味で美味しかったです。私の最近の京都の楽しみはこうして、旧所、名跡を探し歩いたり、町の食堂なんかに入ってその地域の味に親しんだりする事ですね。

私の好きな京都③

 京都市下京区の島原はわが国最古の公許遊廊で 江戸中期には和歌俳諧等の文芸も盛んなところでした。一間幅、本瓦ぶき、切妻の高麗門の島原大門は町の象徴でもあり、 門の前には“出口の柳”が植えられ“さらば垣”がめぐらされていて、昔の名残りをとどめています。この門は京都市登録有形文化財で、1867年(慶応3年)の再建です。 場所は西本願寺の西側、JR嵯峨野線丹波口駅の東側あたりの一角で新選組ゆかりの壬生にも近く、京都の観光地としては多少マイナーですが、それなりに趣のある場所です。当時、島原は京の町では有数の遊郭で壬生の屯所からも近かったことから、新撰組の隊士もよく利用したでしょうね。ところで、島原口なるバス停留所はありますが、地図上で島原という地名はなく、正式名は西新屋敷といいます。島原はあの江戸時代初期の大規模な一揆“島原の乱”に由来しています。島原地方の圧政に苦しんだ農民の姿が、京都の遊女たちの姿とダブった様です。 堀で囲まれた遊郭が原城をイメージしたのでしょうか?いつしか島原と呼ばれるようになったと伝わっています。

シマドジョウ

 写真のシマドジョウは近くのホームセンターで購入しました。出雲市に住んでいた頃は近くの河川で捕獲したこともありますが、奈良ではドジョウはいてもシマドジョウの捕獲は難しいと思います。探しに行けばいるでしょうが、たぶん準備や調査等の時間は相当かかるでしょう。このシマドジョウは一部食用もある様ですが、どちらかと言えば観賞用ですね。一般的なドジョウはマドジョウで、古くから食用に用いられており、どぜう鍋、柳川鍋等に代表される江戸の郷土料理となっています。田圃でドジョウをすくう姿を滑稽に表現したドジョウすくい安来節で有名ですね。現在はドジョウを食用にする習慣は少なくなっていますが、ドジョウは「鰻一匹、ドジョウ一匹」と言われる位、たった一匹で鰻一匹分に匹敵するほど栄養価の高い魚です。

 石川県を中心に北陸には鰻ならぬドジョウの蒲焼が郷土料理としてある様ですが、機会があっても無くても遠慮しておきます。淡水魚は観賞魚ですからね…。鰻はいいのか?と言われそうですが、鰻は海で一時、生活するので「二次淡水魚」です。私が観賞魚に推すのは一生のうち一度も淡水から出ない「一次淡水魚」です。

新・課長の壁⑲〜ガンダム〜

 右の写真はZガンダムに登場する百式ですね。最新作は見ていませんが、1979年の初代ガンダムは全話、タイムリーにテレビの前に居座って見ました。そのガンダムシリーズの制作で有名な“富野 由悠季(とみの よしゆき)”は本名の富野喜幸時代から手がけるアニメのファンでした。古くは虫プロ時代の鉄腕アトムの制作進行や演出助手を担当していますし、海のトリトンの監督や私の大好きな新造人間キャシャーンでも35話中、9話において演出されています。ハイジや未来少年コナンでは同年代のあの宮崎駿ともいっしょに仕事していて、関わった作品をみても日本のアニメ界の歴史の生き証人であり、紛れもなく重鎮です。この方の格言は劇中を含めたくさんある様ですが、読書に関係するものを三つ紹介しておきます。

①読書に興味が持てないのは、興味を持つ機会を探すことを怠けているだけ。きっかけを作って読む機会を増やせば、あなたの可能性は大きく広がるはずです。なぜ本を読まなければいけないか、本を読む、すなわち文章という言葉を追いかけて読んでいくことは物を考えるという筋道を勉強していくことになるからです②「興味のない本でも読まなければならないのですか?」当たり前です!興味がないから本を読んで、興味がもてないなりに勉強をして知るという行為をしなくてはいけません。知らないことを学習することが、自分の得につながるのです。その得が、その先の人徳というところにまでつながっていくのです。③考えるということを含めての訓練というのは、やはり読書、言葉を操って物事を考えていくことによって身につきますし、次の何かを考えたり次の何かを思いつくきっかけもまた、読書によって手に入れられるのです。間違いなく本を読んだ人の方が勝ちです。社会現象にもなったガンダムですが、監督の言葉から学ぶことも多いし、単なる『アニメやまんが、プラモデル』と片付けられない作品です。今回は課長に手抜きやん!!と言われそうですが、読書の大切さが分かって頂ければそれは、それで結構です。時に課長は部下に対し、文章で何かを伝える事も必要です。「文章力は読書力!!」を信じて「節電の夏の読書」に励んでいただきたいものです。

 長くなりますが、昨日は日本の広範囲で観測された平安時代の1050年以来とされる「金環日食」でしたね。1050年というと、平安時代の後半で宇治の平等院鳳凰堂が建築される直前ですね。右のガンダムともども、写真の提供はとある紙屋のお兄(N・J)さんです。