Monthly Archives: 4月 2012

近鉄奈良線開業の日

 4月も最終日となりました。写真は大和西大寺駅での一コマですが、最近は阪神電車の車両も顔を見せています。本日は1914年(大正3年)に近鉄直系の前身である大阪電気軌道が生駒トンネルで生駒山を貫いて、今の大阪上本町 と近鉄奈良が開業した日です。奈良検定にも出ます。(この鉄道問題がきちんと答えられていれば、後1点プラスで70点⇒そして、一級合格だったのです。)

 現在は1964年(昭和39年)年に開通した新生駒トンネルとなっていますが、阪奈道路や日本の道100選の暗越奈良街道こと国道308号など鉄道や道路問わず急勾配路区間で今も昔も生駒山は山越え、峠越えの難所です。大阪から生駒山のトンネルに接近するこの区間はいっきに標高を上げて行き、その間、左手には阪神高速やけいはんな線を見下し、晴れて空気の澄んだ日には遠くに淡路島も望めるとか…。そして、珍しく列車から夜景も楽しめます。そして、その美しい夜景がみえるこの路線は生駒トンネルの難工事や鉄道事故、財政難等を乗り越えてきた歴史の上に今がある事を忘れてはいけません。

きしめん

 「きしめん」の語源は諸説ある様ですが、名古屋を中心とした中京圏の名物です。写真はJR名古屋の構内店です。いわゆる「名古屋めし」のひとつです。他には味噌煮込みうどん、ひつまぶし、小倉トースト、どて煮、ベトコンラーメン等が名古屋発の食文化の代表選手です。他にもマヨネーズが入りの冷し中華やあんかけスパゲッティー、手羽先唐揚げ、味噌カツ等もありますね。名古屋駅は新幹線、在来線だけでなく、名鉄、近鉄、地下鉄と集まる大きなターミナルです。関西からだと新幹線の自由席で5670円ですが、チケットショップで買える近鉄の株主優待券ですと1380円位で買えるので、時間はかかりますが、大変お得です。

 ところで、今日は「昭和の日」です。「緑の日」を経て、2007年より「昭和の日」となっていますが、その年以来の日曜日の「昭和の日」です。明日は振替休日ですが、祝日が日曜日と重なると何か損した気になりますね。そして、今年は土日が祝日になる日が6日もあります。ただ、この振替休日も1973年に制定され、昔はなかったのですから、損得ではなく、祝日の意味や歴史を知り、「感謝」する事が大切ですね。

シニアーズデイ

 今日は四(し)二(に)八(や)で「シニヤ」の語呂合せで“シニアーズデイ”です。作曲家の中村泰士さんが制定していますが、同じように9月17日を九(きゅう)十(と)七(なな)の語呂合せで“キュートな日”に制定されています。キュートは可愛いという意味ですね。一方、本日のシニアは私の世代に向けた言葉で、シニア雇用やシニア海外ボランティア、シニア求人等、はっきりと中高年や高齢者と表現しにくい場合に使われますね。“中高年リーグ”より“シニアリーグ”の方が聞こえが良いですね。

 ある企業では55歳からをシニア雇用としていると聞きました。50歳代の世代は年金ももらえないし、働く環境も厳しい上に70歳までは健康で働かないといけない…。そして、若者はと言えば、就労意欲のある者は別として、意欲もないまま、親の脛かじりをしている(…人もいる…)…。教育に費やされる時間と労力、費用を考えると、義務教育を含め、高校、大学とその責任を全うしていないというか、あり方を本格的に考えていかないと、日本は本当に駄目な国になってしまいますね。とにかく、ゴールデンウイークの初日の本日、シニアーズデイなんですから、シニア世代はがんばりましょう!!

ジャンボチキンカツ

 大和郡山市のとんかつ屋さんの「ジャンボチキンカツ」は800㌔近くはあるでしょうか?恐るべし「若鶏かつ定食/大」です。先日、本社の営業主任と行きました。もちろん彼の頼んだメニューです。予想通り、食べきれなかったチキンカツはテイクアウトになりました。彼は30歳代で奈良工場の弁当のご飯もおかわりする位の大食漢なのですが、半分くらいで白旗…。それでも、完食する人もいるらしく、マスコミでもよく取り上げられ、ボリュームは日本一だそうです。そして、これ以外に日本一を豪語するメニューが他に2品ある様で、チャレンジャーは一度お出かけください。もちろん、普通のランチもあります。

春の雨

 二十四節気のひとつ“穀雨”の頃は雨が多く、先週末〜今週初めは雨模様の天気が続きましたね。「菜種梅雨」と呼ばれる時期の後半になるのでしょうか…やさしい春の雨が、穀物を中心に動物も潤す時節です。桜が散った後、蛙の鳴き声も聞こえてきます。菜の花もまだ、咲いています。

 ところで今日は1954年(昭和29年)にあの  黒澤明監督の映画『七人の侍』が公開された日ですね…。私はハリウッド製西部劇としてリメイクされた『荒野の七人』が大好きです。『七人の侍』と同じく、ユル・ブリンナーやスティーブ・マックイーン、ロバート・ボーン、チャールズ・ブロンソン、ジェームズ・コバーンなどが出演して、この作品から多くのスターが誕生した話は有名ですね…。作曲家エルマ・バーンスタイン「荒野の七人のテーマ」も名曲です。そして、私は『荒野の七人』を見てからは別れの挨拶は「アディオス」…なんですよ。

ひかりとこだま

 夕方で少し暗い写真になっていますが、 川崎重工業の兵庫工場に展示・保存してある「ひかり」 と 「こだま」です。私は島根や鳥取方面からの帰りに中国道の西宮名塩付近の渋滞がひどい場合は“福崎”から播但道に入り、加古川バイパス、第二神明と迂回します。そして、阪神高速3号線が渋滞していると“須磨”で降りて下道で阪神高速5号線で奈良へ帰ります。先日、その時にたまたま、この展示を見つけました。似ているスタイルの電車でこの間まで北陸方面を走っていた「雷鳥」ならよくご存知でしょうが、この在来線の「こだま」を知る人は若い世代では少ないでしょう。隣の初代新幹線0系車両の先頭車両は198 3年にこの兵庫工場から巣立って以来、東海道・山陽新幹線で走り続け、奇しくも0系のラストランと なった2008年12月14日の新大阪駅発“ひかり347号”の先頭車両として、最後の大任を務めた車両です。

SAKURA☆STATION/法華口

 4月の半ばに北条鉄道の法華口駅に行ってきました。事前に北条鉄道の本社に電話で法華口駅の桜の開花状況を確認すると、丁度見ごろです…との事、出来れば北条鉄道に乗って来て下さいね…と念を押されました。法華口駅は兵庫県加西市にあり、名前の由来は近くにある天台宗の寺院で西国三十三箇所第26番札所の法華山一乗寺の入口という意味からです。しかし、この駅から西に約5?離れていて、参拝客のほとんどが、自家用車や姫路からのバスとなっている様です。

 北条鉄道は播州鉄道として1915年(大正4年)3月に  粟生駅 〜 北条駅間が開通、同時に法華口駅も開業しています。その後、播丹鉄道、国鉄を経て昭和の末期に第3急セクターの北条鉄道になっています。私は自家用車で訪問しましたが、次回は鉄道を利用して訪問したいと思いますし、それとは別に一乗寺(三重塔/国宝)や北榮山羅漢寺(らかんじ)、加東市の朝光寺(本堂/国宝)には参拝に来てみたい場所です。

1390年御遠忌

 今年は622年に聖徳太子が亡くなられてから1390年の御遠忌(ごおんき)にあたります。それを記念した展覧会やイベントが開催されています。その中の一つの大阪高島屋での「法隆寺展(3月29日(木)〜4月16日(月))」に先週の日曜日に奥さんと行ってきました。法隆寺にある至宝は実物が持ち出す事が困難な国宝・重文なので、展示してある物は一部、模造もありました。しかし、展覧会として法隆寺に伝わる聖徳太子像をはじめとする多彩な彫刻や絵画、工芸、染織、書跡など130点余りの宝物が十分、堪能できました。

 私への「尊敬する人は誰か?」という質問の答えの一人は聖徳太子です。聖徳太子は今の時代以上に混沌とした古代日本に彗星の如く現れ、「和」の精神を根本とした政治をはじめ、文化、学問等多方面で活躍された伝説のヒーローです。聖徳太子の十七条憲法の第一条に「以和為貴/和を以て貴しと為す」とありますが、これは「論語」から採用されたものです。論語も太子の時代には既に千年以上の時を経て、尚、新鮮な教科書だったのでしょう。また、仏教も同じ歳月を脈々と受け継がれ、仏陀の精神が聖徳太子に受け継がれています。さて、今年が1390年御遠忌という事は後10年で百年に一度の大きな御遠忌となりますね。奈良工場から近い法隆寺でも様々な法要や行事、イベントがあると思います。なかなか10年後の自分を想像できませんが、その年は法隆寺に幾度となく足を運び、心を通わせ、手を合わせている事でしょう。

そば処⑱

 この“肉そば”は大阪難波にある大手百貨店の7階にあるお蕎麦屋さんの名物らしく、休日のランチで食べました。そばは玄そばを石臼で自家製粉して、また、秘伝の特製煮込み豚を使用してあり、だし汁も少し濃厚でした。本店は心斎橋にあって、懐石メニューを中心とした老舗の雰囲気です。何と言っても登録商標にもなっている「そばしゃぶ」 が有名で、このお店でしか味わえない、厳選された和牛のしゃぶしゃぶと蕎麦の風味が生かされた鍋料理です。寒くなったら、次回は心斎橋の本店に行ってみたいと思います。

竜安寺道

 写真の電停は京都市右京区にある福電気鉄道北野線の「龍安寺駅」です。しかし、私にとって馴染み深い駅名は「竜安寺道」です。2007年(平成19年)3月19日に「御室駅⇒御室仁和寺駅」、「高雄口駅⇒宇多野駅」の改称と合わせて「竜安寺道」が 「龍安寺駅」になっています。その駅名変更時にお寺の龍安寺通りに「竜」が「龍」の字体になっています。

 私の母方の祖母がこの近くに住んでいて、子供のころは北野白梅町から嵐電に二駅乗ってよく行ってました。駅の西側(画面の奥)の次の駅の「妙心寺」方向はカーブになっていた事もあって、線路も見えず、実は二駅から先がとても気になっていました。そして、随分と大きくなってから未乗車区間を乗って、満足した記憶があります。