Monthly Archives: 3月 2012

ラストラン~屋代線

 今日で3月も終わりです。明日から新年度で、新しい環境で仕事や勉学に励む人もたくさんいる事でしょう。そんな中で長野県の千曲市の屋代駅から須坂市の須坂駅までを結ぶ24.4?の長野電鉄屋代線は今日で廃止です。1922年(大正11年)に屋代 〜 須坂間が前身の河東(かとう)鉄道の河東線として開通していますから、90年の歴史に幕を降ろす訳です。開業当時、製糸業に沸いた須坂や松代では、生糸や石炭、れんこん等の輸送目的で貨物列車も走っていた様です。

 屋代線にある松代駅付近には松代城(海津城)跡や真田邸、松代藩文武学校、佐久間象山ゆかりの象山神社等観光地もたくさんあるだけに残念です。また、この松代は太平洋戦争末期に一大遷都計画があった松代大本営跡(まつしろだいほんえいあと)で有名ですね。理由の一つに信州は神州に通じるというものがあった様です…。

 写真は東京メトロ日比谷線の営団3000系を譲受・改造した車両です。鉄道と言えども企業ですから、赤字で存続できる筈がありません。環境問題から鉄道輸送が見直しされている昨今ですが、わざわざ好きで乗りに来る“鉄道ファン”をいかに取り込むかが、大切ですね。何と言っても、「乗り鉄」は移動は手段でなく、目的なんですから…。

JEJU★AIR

 最近は日本でも格安航空会社は話題を集めていますが、韓国では大韓航空とアシアナ航空に次ぐ航空会社であるチェジュ航空は東北アジアLCCを代表する航空会社です。先週の韓国行で初めて利用しました。韓国には航空会社は大手二社しかないと思っていただけに少しビックリしましたが、韓国の大手財閥、愛敬グループと、済州特別自治道が共同で2005年に設立した航空会社です。座席も通常のB737−800より座席が増やしてあり少し窮屈で、また、機内サービスはオレンジジュースとお茶、お水、そしておにぎりかパンのみですが、インターネットで簡単に予約できるので、ここは経費節減と割り切ると韓国への渡航が「楽・安」になります。ホテルの予約も韓国旅行情報の専門サイトKONESTで検索すると一泊10,000円以下である様です。これですと急な渡航でも5万円以内で行けますね…。

散歩道⑦

 散歩道の梅がきれいに咲いていました。桜の開花まであと少しですが、梅も頑張っています。ところで、「相棒シリーズ10」は先週で終わりましたが、主人公の杉下右京は梅干しが嫌いなようです。韓国出張などで、バタバタしていたので、最終回の2時間スペシャルは土曜日の夜にゆっくり見ました。次のシーズンではまたまた、相棒の相手が変わる様で、案外、神戸尊さんは短かったですね。

 梅の歴史は古く、3000年も遥か昔の中国の古い書物の中に、効用が書かれていたという事です。長い歴史の中で、副作用もなく、世の中に広く認知された健康食品の元祖みたいなものです。代表的な効用には浄血、解毒、殺菌などです。ほどよい味に加減すること塩梅(あんばい)と言いますね。味の基本である塩と梅酢の意味の「えんばい」と、物事を具合良く並べる意味の「按排」とが混同したらしいですが、書経の古い言葉に和羹塩梅(わこうあんばい)があります。今の企業で言うと社長を補佐して、会社を適切に治める有能なマネージャーの事です。“和羹”は様々な材料・調味料をまぜ合わせ、味を調和させて作った吸い物で“塩梅”は塩と調味に用いる梅酢のことです。この料理は、塩と、酸味の梅酢とを程よく加えて味つけするものであることから、それが、古来中国では良い国に仕上げる大臣らを言います。言葉は知っているだけでなく、実践してこその「故事・慣用句」です。右の写真は創業者の会長が好きだった矢田山荘の南に咲く梅の花です。梅を見る度に和羹塩梅を意識してみるのも、先人の志に応える心構えになります。

武蔵の足跡⑤ 宮本武蔵駅

 宮本武蔵の生誕地伝承がある岡山県美作市の智頭急行智頭線の駅はなんと、その名も「宮本武蔵駅」です。1994年(平成6年)の12月に智頭線開業と同時に設置された駅です。無人駅ですが、ホームには宮本武蔵の陶板画が、駅前には少年時代の銅像があります。

 春は別れと出会いの季節です。今週の日曜日あたりまでは各地で卒業式もたくさんあった事だと思います。武蔵の独行動に「何れの道にも別れを悲しまず」があります。意味は会う者には必ず別れが来るという会者定離(えしゃじょうり)の真理を知り、いずれの道を歩んでも別れを悲しまないという事ですが、中々そう簡単にはいかないものです。私は昨年、ある人の仲立ちと言うか、配慮のおかげでもう会えないだろうと思っていた数多くの人に会うことができました。“自ら縁を切るものではない…。”と、言われたことがありますが、そういう気持ちが再会の機会を生む事になりますね…。武蔵も孤高の剣を使う孤独な剣豪だからこそ、晩年は「詩歌」「茶道」「彫刻・絵画」「囲碁・将棋」等にも秀た才を発揮し、人との係りを求めたのではないでしょうか。華やかな桜の前のこの時期に梅はそっと優しく…見守るように咲いています。

究極のデザイン②~知足の蹲踞~

 蹲踞は“つくばい”と読みます。茶室に入る手前に手や口を清めるための手水(ちょうず)を張っておく石ですね。龍安寺の裏庭にもあり、水戸光圀の寄進と伝承されてますが、見る事ができるものは複製です。石庭の庭石が果たして、14個しか見えないかどうかは、訪問した人のみぞ知りえる真実ですが、仮にどうしても14個しか見えなくても不満に思ってはいけません。その考え方が、この知足の蹲踞にあります。この蹲踞には“吾唯知足”(われ、ただ足るを知る)の四字が刻まれています。四字とも口がありますね。うまく、口の上下左右に文字が配置され、図案化されています。これもまた、究極のデザインです。

 “吾唯知足”の意味は「足るを知ること。自分の分際をよく理解し、むさぼりの心を起こさぬこと」です。むさぼりは貪りと書き、仏教で克服すべきものとされる最も根本的な三つの煩悩の一つの貪(とん)です。貪りとは必要以上に求めることですね。案外、自分を含めて身の回りの出来事で気を付けるべき事は数多とあります。…この龍安寺の近くには等持院、妙心寺、金閣寺、仁和寺と禅寺や世界遺産の有名なお寺がたくさんあります。これから桜のシーズンです。観光客も多くなりますが、おススメ度の高い場所ですね。

究極のデザイン①~石庭~

 「古都京都の文化財」として世界遺産に登録され、方丈庭園こと石庭で知られる臨済宗妙心寺派の龍安寺(りょうあんじ)へリクエストのあった娘と来ました。室町幕府の管領で守護大名、そして応仁の乱の東軍総帥でもあった細川勝元が1450年(宝徳2年)に創建しました。ここは何と言っても、龍安寺の石庭として知られる枯山水の方丈石庭が有名です。何が有名なのでしょう?この石庭の感想、作庭者(相阿弥と伝わる…)の思惑、そして訪れた人のInspirationが良いお土産になるからでしょうか?「虎の子渡しの庭」の話も有名ですが、この庭を見ての感想は見た人に委ねられていることが、禅寺らしい風流です。庭の15個の石は、庭をどちらから眺めても、必ず一つは他の石に隠れて14個しか見えないように設計されていると言います。ある意味、究極のデザインです。

 アジアでは十五夜(満月)と関連付けて15という数字を“完全”を表現していると考えられています。ですから、その15に 一つ足りない14は“不完全”を表しています。有名な話ですが、日光東照宮の陽明門に見られる様に「物事は完成した時点から崩壊が始まる」という思想から、わざと不完全なままになっているのですね。ただ、これは中国の故事の“亢龍有悔(こうりゅうくいあり)”にある様に、戒めとして理解しておけば良いと思います。“亢龍有悔”の意味は「尊貴を極めて戒愼(言動をいましめつつしむこと)せざれば敗亡の悔ありと…」です。「何事も完成に酔いしれることなく、謙虚であれ!」と言っているだけで、完成しない言い訳になってはいけません。

綾戸國中神社

 綾戸國中神社(あやとくなかじんじゃ)は京都市南区久世上久世町にあります。すぐ近くの中久世町は私が小学生から社会人になるまで約15年間を過ごした思い出深い場所です。創建は継体天皇15年と伝わりますから、西暦ですと521年で非常に歴史があります。元々は綾戸神社と國中神社の二社でありましたが、後に國中神社が綾戸神社の境内に遷されています。祭神は大綾津日神、大直日神、神直日神、素盞嗚尊で1934年(昭和9年)の室戸台風により倒壊した後、1936年(昭和11年)に一つの社殿として再建しています。1964年(昭和39年)に境内の土地が東海道新幹線建設予定地にかかり、現在地に遷座しています。社務所は新幹線の高架の西側の薬局の隣にあって、ここで御朱印も頂け、各種授与品も購入できます。

 日本三大祭りの祇園祭はこの綾戸國中神社と八坂神社との祭礼であり、祇園祭の久世駒形稚児はこの神社の氏子から選ばれています。そして、その稚児は祇園祭の神幸祭・還幸祭で、馬に乗り、素戔嗚尊が鎮まる中御座神輿(なかござみこし)の先導を務めるという大役を任されます。私の3月の社寺訪問は、この神社と龍安寺と2月に引き続き、京都地区となりました。

武蔵の足跡④~生誕の地~

 岡山県美作市の大原は宮本武蔵の生誕の地とされています。実は宮本武蔵の生誕地には諸説があり、宮本武蔵自らが五輪書で播州生まれと記しています。そして、播州高砂での生誕を示す史料が少なからず、残されていることから、最近では高砂生誕説も有力視されている様です。写真の石碑のある大原町では、早くから宮本武蔵の生誕説を打ち出し、生誕地碑を建立し、また智頭鉄道には“宮本武蔵”駅もあって、町を挙げて武藏の生誕地をアピールしてきました。更に作家・吉川英治氏の小説「宮本武蔵」の中では、美作国の宮本村(岡山県大原町)で生まれたと記されて、この大原町が生誕地であることが全国的に定説となっています。ただ、最終的には特定の地が生誕の地として解明されていなくても、いつも言う様にこうした「ロマンの領域」はそっとしておきましょう。

 讃甘神社(さのもじんじゃ)は生誕地碑のすぐ近くにある武蔵ゆかりの神社です。宮本武蔵が幼年期に神社の太鼓を打つ二本のバチの音が左右の均等であることに感嘆したと伝わり、これが後の二天一流に結びついたと言われています。

ゾロバン

 昨日から、韓国へ出張です。お陰さまで海外アレルギーはかなり少なくなりました。先週は日本のJRでは新幹線の初代“のぞみ”の300系やブルトレの“日本海”の引退で賑っていましたが、去りゆく物への郷愁と同時に未知へ憧憬も大切だと思います。韓国ではしばしば移動に地下鉄を利用します。地下鉄も立派な鉄道ですが、車窓が楽しめません。ですから、たまには地下鉄ではない地上の鉄道にも乗りたい気持ちもあります。それはまた、観光目的で来たいと思います。

 現在、JRの東海道線の京都〜向日町の通学定期は9,940円です。32年前、私が学生の頃は約半値でした。この定期券も宝物箱の捜索で出てきました。それより、わざわざ55年5月5日までの定期券を買っていたのには我ながら驚かされます。

 定期の期限の5月5日は四国にいて、入場券をいくつかの駅で買った記憶があります。嬉しがり屋の極致は「オタクのハシリ」です。鉄道ファンはこうした、ゾロバンや連番が好きなんです…。平成2年の2月2日のゾロバンの記念入場券も京都駅で買っています。(平成22年2月22日は買いそびれましたが…。)また不思議な事に、父親の定期券も発見すると、私と同じような事をやっていました。血は争えないですね??そして、平成33年3月3日が楽しみです。

series◆日中友好⑤〜豫園〜

 豫園(よえん)は上海にある明の時代の庭園です。「豫」は愉快のであり、つまり「楽しい園」という事になります。同じ上海の外灘(ワイタン)と並ぶ2大観光スポットのうちの一つで、上海に来た観光客はほぼ必ず訪れる場所だそうです。私は総て仕事で上海に来ていたので、5回目にして初めての訪問でした。また、ここには世界三大小籠包とい言われている有名な「南翔饅頭店」があります。昨年の3月8日の副社長のブログにある様に日本にもありますが、昨日、上海の店も早速アップ…。本場、上海のお店は大人気で長蛇の列に並ばないとお店に入れませんが、今回はこちらでお世話になった方が並んで頂いたので、すぐに入れました。【念の為…私は社長と上海に3月11日〜13日と威海経由で来ております。後に来た副社長が先に小龍包の話をアップされていますが、副社長は副工場長と3月19日〜22日と上海出張です。それにしても、20日のランチで早速、「鼎泰豊」(ディンタイフォン/台湾台北市に本店がある世界三大小籠包のお店)に来て、次の日のランチで「南翔饅頭店」にハシゴしている強運の食通ぶりには脱帽です。】

 池に立つ像は七福神の弁才天ですね。元々はサラスヴァティーと言って、音楽、芸術、学問などの知を司るヒンドゥー教の女神です。中国では七福神と似た八仙と呼ばれ、実在の人物としての伝説があり、各地でその肖像画が信仰の対象になっています。日本に伝わる時に中国に一人残ったと言う話はよく聞きますが、真相は如何なるものなのでしょうか?