Monthly Archives: 2月 2012

series★ナンバーワン【3】

 時代の潮流に遅れ、業績も悪化し、デジカメから撤退する形となったコダックですが、白黒フィルムでは国産に負けていなかったと思っています。リバーサルフィルムのコダクローム等は、国産のベルビア等の新世代のフィルムに押されて消えて行きましたが、白黒フィルムは断然、コダックでした。

 私が鉄道写真をやっていた頃は白黒フィルムのトライXで総て片付きました。早いシャッターで列車を止めるには感度が高い方が良いですね。ISO400のトライXは万能で、少しくらい増感しても大丈夫でした。鉄道ファンご用達フィルムの代名詞と言っても過言ではないし、おそらく使用実績では歴代ナンバーワンでしょう。

 写真は土讃本線の吾桑駅を出発した石灰列車です。牽引する重連の機関車はDF50と言って、少し前に紹介したDD54同様の私の好きな箱型のディーゼル機関車です。そして、この写真は鉄道グラフ雑誌 「レールガイ61号 1982年の秋号の 飯田線&DF50」の特集号に掲載されました。天気が良かったのでトライXをISO200に減感してマイルド志向で撮影しました。 晴れた日はこうして減感して撮影すると硬い写真にならずに、グレーの諧調が柔らかくなり、粒状性もよくなります。今はフィルムカメラを持たなくなり、デジカメだけの撮影になりましたが、私にとってのトライXは白黒フィルムでは紛れもなくナンバーワンフィルムでした。

カレーラーメン

 近鉄奈良線の学園前駅の北東にカレーラーメンが有名な居酒屋さんがあります。昼はラーメン、夜は居酒屋で、自家製の餃子も美味しいお店です。最近、奈良のタウン誌に掲載されていたのを見て、さっそく行ってきました。醤油ラーメンや、味噌ラーメン等もありますが、何と言ってもカレーラーメンが目玉です。夜のメニューにはありませんでしたが、居酒屋タイムでもOKでした。次回は居酒屋タイムに居酒屋メニューで楽しみたいと思います。

新・課長の壁⑭~三人行、必有我師焉〜

 これも論語の言葉です。子曰はく、「三人行けば、必ず我が師有り。其の善なる者を択びて之に従ひ、其の善ならざる者にして之を改む。」とあります。意味は「三人が何かをすれば(或いは一緒に行けば)、他の二人に、自分の師となるべき人がいるという事です。良い行動は自分もそうするようにし、良くない行動は、自分のそのような部分を改めるのだ。」 自分より優れた人からは積極的に学び、劣る人からはそれを反省材料としたら良いと孔子は言っているのです。簡単な様ですが、他人の長所に学ぶには広い心がないと出来ません。素直な向上心が必要です。そして、「他人の振り見て我が振り直せ…」ですね。他人の失敗、悪行を責めるだけでなく、自分の行動を見つめ直し、反省し、改善し、そして、他人に伝え、諭し、一緒になって改める勇気が求められています。

 たまたまですが、当社の課長も3人です。長所と短所について、語り合い、そこから見えてくる物が必ずある事を知って欲しいと思っています。

比叡山

 京都の鬼門である北東に位置する比叡山は古来より王城鎮護の山とされていました。大津市と京都市左京区の県境の大比叡(848.3㍍)と左京区の四明岳(しめいがたけ、838㍍)の二つの峰から成る双耳峰(そうじほう)です。写真の川は高野川(たかのがわ)で、京都市左京区と滋賀県大津市の境に位置する途中峠の南部から発し、市内を流れる全長17㌔の淀川水系の一級河川です。対岸の道路は国道367号線でかつて、若狭の鯖を京に運ぶ飛脚が通った道であることから別名、鯖街道です。途中にあった「朽木村」は滋賀県唯一の村でありましたが、2005年に高島町、安曇川町、新旭町、今津町、マキノ町と合併して高島市となっています。ただ、朽木氏、朽木庄等にある様に由緒ある名前だけに高島市には“朽木”の地名は残っています。その「朽木村」をはじめ、鯖街道については訪問して詳しく書きたいと思います。この日は前日の京都市内の積雪のニュースに誘わてやってきましたが、思った以上の雪はありませんでした。

思い出のカムイ

 高校時代は時々、昼は抜いて弁当代を100円の阪急そばカムイ(夕方まで我慢して…)とカムイ伝他、白土三平のコミック購入に当てていました。カムイ伝(一部)⇒全21巻、忍者武芸帖⇒17巻、サスケ⇒15巻、ワタリ⇒7巻等ざっと100巻を買い揃えるのは大変でした。そういう訳で今も手放さずに、持っています。

 高校のクラスメートにやはり、白土三平が好きな女子がいて、大島弓子等を借りながら、白土三平を読んでもらっていました。そのクラスメートが描いたカムイのイラストです。大事に持っていた訳では無いのですが、ダンボール箱から“ひょっこり”と出てきました。高校時代と言うと今から35年前、たぶん高2の事ですから1977年(昭和52年)です。キャンディーズとピンク・レディーが活躍していた時代です。ビッグなニュースと言えば数々ありますが、9月3日に巨人の王貞治がヤクルトの鈴木からハンク・アーロンを抜く、ホームランの世界新記録の756号を達成した事でしょうか…。

EF58形電気機関車

 ゴハチの愛称で親しまれていた電気機関車です。鉄道ファンでなくても私の年代位の人なら、一度は見たこともあるでしょう。関西ではブルートレインを牽引していた時代もあり、また、写真の荷物列車の先頭に立っていました。その荷物も全盛時代の1963年度の1億5847万個から坂道を転がり落ちる様に減少し続け、1984年度には3745万個に落ち込んでいます。そして、宅配便に押され、鉄道小荷物制度は廃止されています。新聞輸送は旅客列車に便乗する形で細々と継続しています。

 京都では嵐電と宅配大手の運送業者が電車による宅配便の輸送を昨年からスタートさせています。環境問題を考えると、鉄道による移動、輸送も見直す事は必要ですね。最近、オタクステッカーを貼られっぱなしの“鉄道ファン”も少し、肩身が広くなった感じです。

富士山の日

 今日は富士山の日です。「ふ(ニ)じ(ニ)さん(三)⇒富士山」の語呂合せですね。この時期に富士山の眺望が良いことから「山の展望と地図のフォーラム(FYAMAP)」が1996年(平成4年)年1月に制定しています。また、これとは別に、山梨県河口湖町や静岡県も制定しています。

 国府津(こうづ)と沼津を結ぶ「御殿場線」は開業当初、東海道本線の一部として建設された路線です。1934年(昭和9年)の丹那トンネル開通で、現行の熱海経由のルートになり、こちらはあらためて「御殿場線」と名づけられました。写真はJR東海の313系で、転換クロスシートで感じが良く、旅情を感じさせる車両です。場所は静岡県ですから、このあたりにも鰻の美味しいお店があったと記憶しています。

一点に泣く…。

 1月8日に受験した「奈良検定1級」の合否通知書が昨日、郵送されてきました。結果は自己採点通り69点で、合格基準に1点足らず、不合格でした。たいへん残念ですが、実力ですからしかたありません。よく考えたら正解できた問題が数問あっただけに悔しい気持ちもありますが、来年の再試験の糧にしたいと思います。「一円を笑うものは一円に泣く」という故事がります…本当にその通りです。私は1点を笑っていませんが、1点に泣いた訳です。

 そして、今日は元横浜ベイスターズの抑えのエース、大魔神こと佐々木 主浩(ささきかづひろ)の誕生日です。背番号は日本でも大リーグでも『22』でしたね。2010年10月8日のブログでも書いていますが、『22』は佐々木投手のラッキーナンバーです。1998年の横浜完全優勝の時の51試合登板、45セーブ、防御率0.64は素晴らしい成績でした。彼のフォークボールの前に1点に泣いたチームは少なくありませんでした。

心斎坐忘

   大阪の心斎橋は堀を広げた長堀川に橋を架けた“岡田心斎”功績の称えて、橋の名前に残したそうです。そして、心斎とは一切の分別判断を捨て去り、心を空っぽにして道(タオ)と一体化することです。坐忘とは五官を捨て去り、宇宙自然の働きに身を 任せることで、仏教語です。ちょっと、難しい話になりますが、静座して現前の世界を忘れ、雑念を除くことです。そして、心斎坐忘とは自然と一体にならないといけないという荘子の思想です。無心の境地で、明鏡止水つまり、邪念がなく、澄み切って落ち着いた心のあり方です。雑念が取り巻き、邪念が蔓延り、現実に打ちひしがれる日々の中で、こうした心境にはどうしたらなれるのでしょうか?また、仮になれたとして、その後、何をしようと、どうあろうとしているのでしょうか?あれこれと、考えさせられる…というより、時には頭で考えないで、心で感じる事が大切ですね…。風を感じて、空に舞い上がる“白いカイト”の様に…。

若一神社

   NHK大河ドラマの平清盛の影響でこの若一(にゃくいち)神社も脚光を浴びている観光スポットの一つです。平安時代の末期に清盛がここに西八条殿という別邸を建て、1165年に紀州熊野の若一王子の御霊を祭ったのが始まりと言われています。境内には清盛の像もあり、清盛手植と言われる神社のシンボル大楠が西大路通に面して社前にあります。この神社を建立後、清盛の勢威がのびたという事で開運出世の神として崇められています。

 若一王子は、神仏習合の神で、若王子(にゃくおうじ)とも言われます。若一王子の本地仏は十一面観音で、天照大神あるいは瓊々杵尊(ににぎのみこと)と同一視されています。これには熊野信仰や神仏習合の勉強が少し必要ですね。

 若一神社は京都市の下京区七条御所ノ内本町にありますが、西大路八条が一般的です。JRですと東海道本線の西大路駅下車、北へ数分ですね。京都では有名な企業がいくつかありますが、近くには特に観光スポットはありません。でも、京都ですから、自分の足で歩いて探すとけっこうあると思いますよ…。