Monthly Archives: 10月 2011

流山②

 流山の名前の由来は市内を流れる江戸川の左岸(東岸)にある小高い丘こと赤城山が上州赤城山の一部で、洪水の時にこの地に流れついたもので、そこかられが流山の地名になったという説(赤城山のお札という説も…)があります。そして、写真はその小高い山にある赤城神社です。群馬県の赤城山にある赤城神社の末社で、大己貴命(大国主/おおくにぬし)を祀ってあります。毎年10月にある同市の指定無形民俗文化財の長さ約10㍍重さ約700㌔の大しめ縄行事が有名です。残念ながら、御朱印はいただけませんでした。流山本陣
 また、流山は1868年(慶応4年)3月から4月にかけて近藤勇が大久保大和と改名して、総勢200名余を率いて駐留しています。これは幕府公認の治安隊(実態は新撰組隊士)で、その本陣となった酒造家長岡屋が新撰組流山本陣跡として残っています。同年4月25日、大久保大和は総督府へ出頭し、治安部隊を主張しましたが、近藤勇と露見し、捕縛され板橋宿へ連行、斬首されています。残された本隊及び土方歳三らは流山を脱出し、会津戦争を経て函館戦争と転戦しました。ここ流山は、近藤勇をはじめとする新撰組隊士達の最後の駐留地であり、近藤勇と土方歳三の離別の地となったのです。今日で10月も終わりです。来月からようやく神様もお帰りになられるなんて都合のいい事ばかりは言ってられません…。

流山①

 流石と書いて「さすが」と読みますが、流山は普通に「ながれやま」です。流山の話に入る前に、少し「流石(さすが)」の内容を書きます。これは中国の諺の「枕石漱流」(ちんせきそうりゅう)に由来しています。杉下右京なら、すぐに意味がわかるかもしれませんね…。漱は(すすぐ)という意味で、流山駅「枕を石にして川の流れで口をすすぐ」ということから「山水に隠れて自由に生活をする」という意味があります。3世紀の頃に中国の西晋の政治家で武将に孫楚(そんそ)という男がいましたが、ある日、この人は「枕石漱流」を誤って 「漱石枕流」(そうせきちんりゅう 石をすすぎ流れに枕す)と言ってしまったそうです。 流山電鉄友人に間違いを指摘されたのですが、 孫楚は「流れに枕するのは耳を洗うためで、 石に漱ぐのは歯を磨くためなのだ」と 間違いを認めずに、こじつけて言い返しまいした。周囲の人々はそれに感心して「さすが孫楚!」と称えました。この故事が日本にやってきた時に、「漱石枕流」の二文字を取り さすが⇒流石と書くようになったと言われています。 このエピソードから、夏目漱石のペンネームが生まれたと言われています。

 流山市(ながれやまし)は、千葉県北西部にある市で、明治の初期には葛飾県庁が置かれていました。 昔は総武流山電鉄株式会社でしたが、今は流鉄(りゅうてつ)株式会社に社名変更しています。みりん産業がある流山市とJR常磐線の馬橋駅を結ぶ路線総延長5.7㌔のローカル私鉄です。10月の初めに出張の帰り(休日)に少し立ち寄ってきました。

チキンカツ2種

 SN3O0115写真は23日のブログで紹介した定食屋さんのチキンカツです。SN3O0114490円で、右の写真はブラックチキンカツで560円です。黒いパン粉は竹炭を使っています。私が食べたのはスタンダードなチキンカツですが、ブラックと1個交換しました。サクサク感があって、とってもジューシーでした。私が結婚した平成の初めの頃は毎月給料日の25日の夕食メニューはチキンカツでした。トンカツより少しヘルシーという事で毎月1回、必ず食べていました。新しい家庭を持つと、すき焼きの具や定番メニューなどを決めていくのも楽しみの一つですね…。ちなみにすき焼きの具に薄揚げを入れるようになったのも結婚してからです。

蝸牛(カタツムリ)

 SN3O0095最近、耳鳴りがずっ〜としています。丁度、50才の誕生日の頃位からなのですが、今では正直…あまり気にならなくなりました。ひょっとして、難聴と耳鳴りや耳閉感の症状を繰り返す内耳の疾患の蝸牛型メニエール病ではないかと思う事があります。この蝸牛(かぎゅう)とは、内耳にあって聴覚を司る感覚器官・蝸牛管が納まっている側頭骨の空洞の事です。蝸牛管は中学や高校の生物の勉強では“うずまき管”と呼ばれていたかも知れません。哺乳類ではあのカタツムリに似た巻貝状の形態をしている事からこの名前がついています。パソコンでカタツムリを変換すると“蝸牛”となります。陸貝のうち、殻のないものをナメクジ、殻を持つものを“カタツムリ”や“でんでんむし”などと呼びますね…。カタツムリはリンゴマイマイに代表されるエスカルゴなどのフランス料理で有名ですが、最近ではカタツムリの粘液に含まれているスキンケア成分がお肌にハリと潤いをもたらす事から、化粧品のクリームとして脚光を浴びていますね。

 …さて、蝸牛(かぎゅう)角上(かくじょう)の争い”という諺があります。かたつむりの左の角(つの)にある国と右の角にある国とが争ったという中国の古い寓話が元になっています。意味は小さな者同士の争いの事で、つまらないことにこだわった争いを意味します。 もちろん、大きな争いが良いという訳ではないのですが、些細なもめ事を無くす事が、きっと環境に、そして地球に、人間にやさしい活動なのですけどね…。先ずは、アカの他人からスタートする最低人数のコミニケーション、『夫婦』の関係づくりからスタートしたいですね。

里の秋

 10月24日(月)の“霜降”を過ぎると、早いもので次はもう“立冬”(11月8日)です。朝夕は少し肌寒く、小さなストーブで暖を取りたくなったり、週末は鍋でも囲みたくなりますね。稲刈りもほぼ終わり、田畑の風景は晩秋の佇まいになってきました。熟れた柿も〜カラスが摘んでいきます。蛙や亀も冬眠する体制に入りつつある事でしょう。こうした季節の移り変りが日本の良いところで、紅葉の季節への扉が開かれていきます。SN3O0109

 恒例になったJR東海の「そうだ京都、行こう。」の今秋のキャンペーンは『毘沙門堂』ですね。毘沙門堂(びしゃもんどう)は、京都市山科区にある天台宗の寺院で京都五門跡(他は青蓮院、三千院、曼殊院、妙法院)の一つです。また、京都に人がたくさん訪れる事になります。山科駅はJR、地下鉄、京阪と三箇所あって、アクセスは良い場所なのですが、狭い場所であることから混雑が予想されます。また、奈良では今月の29日から、『第63回正倉院展』です。10月10日にオープンした『東大寺ミュージアム』と合わせて、奈良公園界隈も“燃える秋”になりそうです。

話は変わりますが、昨日は奈良工場に8期目の研修生が配属されました。今年3月13日に中国、山東省・威海へ面接に行った時は東日本大震災直後だったので、家族の方が大変心配しているとの事でしたが、無事に来日してくれました。夜は日本式中華料理でもてなしましたが、お味はいかがだったでしょう?

そば処⑬

 SN3O0100東大阪市にある大成紙器印刷の本社の近くにも、手打ち蕎麦のお店があります。写真はおろしそばです。薬味の大根おろしは「辛いですよ!」と店主に念を押され、かなりの量がそばの上に乗っていましたが、程よい辛さでした。蕎麦は何と言っても「挽きたて、打ちたて、茹でたて」が美味しいですね。ですから、注文をしてから少し時間がかかります。しかし、それを承知で待つ“そば通”の期待を裏切らない味です。蕎麦と鰻はゆっくり待つのが似ていますね…。ご飯は週替りご飯で、そばだけでは物足りない人にはオススメです。食後の蕎麦湯もいただけますし、交通量の多い道路沿いのお店ですが、ゆっくりとできる隠れた銘店です。

京都のランチ

SN3O0097 このミックスフライ定食は¥580です。チキンカツ定食ならワンコインでおつりがきます。特にチェーン店という感じはしないお店なのですが、衣笠や百万遍など大学がある場所に学生食堂として京都市内に数店舗あります。私が食べた国道十条の近くには大学はなく、もっぱらサラリーマンの客層が主となっていて、駐車場もあります。私は学生時代に衣笠店によく行っていました。先にご飯が出てきてテーブルの上の福神漬で半分食べた頃に、おかずが出されるって感じでした。国道十条店は刻み沢庵で、何やらオリジナルメニューもたくさんある様です。…奥さんに、『こんなボリュームのあるランチを外食した日は晩御飯は抜きましょう!!』と言われました。

町屋の鰻

 町屋は東京都荒川区荒川にある地名ではなく、町の中の家の事で特にの寝床と言われる京都の町屋は風情がありますね。写真の料理はその町屋を改造した千本上立売の屋さんで、SN3O0028先月のお彼岸の墓参りの帰りに奥さんと食べました。このお店にも中庭があって、食事をしていても落ち着いた雰囲気でゆったりとした一時を過ごせます。ここは食べるだけでなく、焼いたの販売もされています。お土産に小さな弁当もあります。

 この上京区の千本通界隈には千本釈迦堂(報恩寺)、くぎぬき地蔵、千本ゑんま堂(引接寺)等お寺もたくさんあり、有名な昆布屋さん、天ぷら屋さんもあります。さて、のお味ですが、炭火で焼いた豊橋産のはやわらかく、たいへん美味しかったです。ここ一年で食べた中ではベスト1でした。メニューは定食のみでしたが、抹茶アイスもついて、なかなかのお味でした。