Monthly Archives: 6月 2010

水無月を食べる日

 今日、6月30日は京都では水無月を食べる日です。水無月は写真の様な和菓子です。この習わしは、「夏越の祓(なごしのはらえ)」という行事に関係があります。「夏越の祓」は「水無月の祓い」とも呼ばれ、1年のちょうど折り返し地点にあたる6月30日に半年の罪や穢れを祓い、残り半年の無病息災を祈願する神事です。CA3B0036「夏越祓」に用いられるのが、6月の和菓子の代表ともいうべき「水無月」です。水無月は白の外郎(ういろ⇒抹茶もあります。)生地に小豆をのせ、三角形に切られた和菓子ですが、それぞれに意味があります。水無月の上にある小豆は悪魔払いの意味があって、三角の形は暑気を払う氷を表しているといわれています。

 夏越の祓では多くの神社で「茅の輪潜り(ちのわくぐり)」が行われます。各地にはいろいろな伝統行事が残っています。中でも京都の上賀茂神社の夏越大祓は有名で、古来より連綿と続く祭事で、「百人一首」の中にも藤原家隆が『風そよぐ ならの小川の夕暮れは みそぎぞ夏の しるしなりける』と詠まれています。上賀茂神社は、正式名、賀茂別雷神社といい国宝の本殿、権殿と40棟の重要文化財に指定されています。創建は古く7世紀末にはすでに有力な神社になっていました。1994年に古都京都の文化財としてユネスコの世界遺産(文化遺産/清水寺、金閣寺、下鴨神社等とともに…)に登録されています。

奈良工場10箇条④(62期)

  奈良工場10箇条の今年の四つ目「安心は心のゆとり、油断は心の隙間、確認を百回やった私に『漠然とした不安』はないのです。」から、一言します。副社長の「根拠のない自信」の対岸にある様な言葉ですが、「漠然とした不安」がキーワードです。禅の言葉にも「心配は心配りだからいくらしてもよいが、CA3B0029心を苦しめる様な心配はしてはいけない」とあります。いろいろな事に心配りをする事は大切です。しかし、心配と心痛と違います。いろいろ考え、手配をし、事を成就させる事が大事で、過度に悩む必要はないのです。心が傷つくと心の働きが十分できずに、その結果、正しい判断や行動にもつながらず、過ちを犯します。この場合、「確認百回が心配りで、その結果、自信として安心しましょう…。」と言ってます。昔の人は旅行に出かける人には必ず、「旅先では水に気をつけて…。」と言いました。これが、心配りです。 禅の教えは現代に生きています。

 京都の五山第三位、臨済宗建仁寺には「〇△☐の庭」があります。これは、禅宗の四大思想「地、水、火、風」を表しています。これだけ見ると自分には、日常には、仕事には、無関係だ…と思いますが、実際に行ってみると、必ず得るものがあります。携帯電話が普及して、インターネットであらゆるものが検索、閲覧可能でも、「現地、現場で自分で感じる…。」事の大切さを知って損をする事ははありません。

大仏

 CA3B0114平城京のメインイベントはなんとも言っても、東大寺の大仏建立です。この東大寺の大仏は盧舎那仏像と言います。752年の開眼で、東大寺の本尊で国宝です。安置されている大仏殿も国宝です。大仏と呼ばれる仏像は全国で約80体ありますが、国宝は東大寺の大仏とこの写真の鎌倉大仏だけです。この鎌倉大仏は阿弥陀如来像で高徳院という浄土宗の寺院にあります。しかし、開山、開基は不明であって、大仏の造像の経緯についても史料が乏しく、不明な点が多く、謎です。寺の草創については、鎌倉市材木座の光明寺奥の院を移建したものが当院という説もありますが、定かではありません。当初は真言宗で、鎌倉・極楽寺開山の忍性(にんしょう)など密教系の僧が住持となっていました。のち臨済宗に属し建長寺の末寺となっていましたが、江戸時代、増上寺の祐天上人による再興以降は浄土宗に属して、材木座の光明寺(浄土宗関東総本山)の末寺となっています。「高徳院」の院号を称するようになるのは浄土宗に転じてからです。こうした改宗が頻繁に行われたので資料がないのかも知れません。もともと、奈良の大仏同様、大仏殿に安置されていましたが、大きな自然災害で大仏殿は崩壊しています。

日曜日の充電

 日曜日の〔放電⇒充電〕は私にとって大切な習慣でした。月曜日は何かに付けてプレッシャーがあります。会社員が月曜日に心筋梗塞を起こす危険性は他の曜日よりも明らかに高いらしく、男性の会社員に限ると他の曜日より30%も高いという話を聞いた事があります。一般的にはブルーマンデーというのですね。月曜日は、休日の遊びの疲れを持ち越したり、管理社会に戻らなければならないことが負担になるなど、精神的な状態が最も悪い曜日とされています。また、「だるい」「胃や腸の具合が悪い」「風邪気味だ」など、体の不調が最も訴えられるのも月曜日です。そういう意味で、日曜日の充電は二十数年前に社会人になったときからの癖です。一方ではON、OFFは大切ですが、仕事と私生活を分離して考えすぎない事も必要だと最近、思います。IMG-0021

 その、充電のひとつがNHKの大河ドラマでしたが、今年の『龍馬伝』は少し事情があって見ていません。今夜のタイトルは「西郷吉之助」でしたので見たい気持ちもありましたが…。…私は平成3年から約12年間、仕事の都合で島根県出雲市に住んでいました。家が出雲市の武志町というところで一畑電車の川跡駅と武志駅の中間で、家から一日中、電車が見える…鉄道ファンにはたまらないロケーションでした。本日、その一畑電車が舞台の映画、『RAILWAYS』を見てきました。監督は島根県出雲市(平田)出身の錦織良成さんで主演は中井貴一、妻役に高島礼子、母親には奈良岡朋子、娘には本仮屋ユイカ等、名優が集まっての共演…。なかなか、良い映画でした。涙腺のゆるい私は何度も泣きました。一畑電車自体もよく乗り、撮影もしていましたので、懐かしい風景に心を和ませ、感動しました。こうして、私は映画を見たり、鉄道に乗ったり、また撮ったり、神社仏閣に行ったりして充電しております。

仏教伝来の地

 日本に仏教が伝来した年は552年と538年等、諸説ありますが、場所は何を隠そうここ奈良県なのです。三輪山の麓、桜井市金屋に写真の様な立派な石碑がたっています。この初瀬川畔一帯は、古くから交易が盛んで古代大和朝廷の中心地でした。仏教は百済から伝来しましたが、その後、政治の中で紆余曲折し、翻弄されながら歴史を刻んでいきます。CA3B0029

 先ず、聖徳太子が四天王寺、法隆寺を建立し、奈良時代には鎮護国家の思想のもとで、全国に国分寺が設置されました。そして、東大寺大仏の建立、鑑真和上の宿願の渡日があり、戒律を尊重する律宗が広まりました。平安時代には空海による真言宗、最澄による天台宗が導入され密教が流行します。その後、末法思想、浄土信仰の隆盛から一般庶民にまで浸透する気配の中で、鎌倉仏教がの登場が絶対的な全国レベルの普及を実現しました。「挨拶」や「主人公」、「一期一会」など禅語から学んだ言葉も数多くあります。日本は独自の手法で渡来された仏教という文化を発展させ、根付かせました。そんな大陸との交流や歴史の重みを感じる石碑が奈良県桜井市ある事を心の片隅に留めて、自分を見つめなおす事もたまには必要です。

宇佐神宮

 大分県宇佐市にある宇佐神宮は全国4万社あまりある八幡宮の総本宮です。本殿が国宝です。私の知る限り、拝礼の時に『二礼四拍手一礼』はこの宇佐神宮と島根県の出雲大社だけです。歴史は古く、6世紀の欽明天皇の時代までさかのぼります。ここは、大和朝廷からは遥か遠い九州の地ですが、平城京とは関係が深い神社です。CA3B0062

 奈良の東大寺の大仏は聖武天皇の発願で745年に制作が開始されました。約500トン近い銅を使っての大事業だけに、貴族を中心とした反対も懸念されました。そんな状況の中で、宇佐神宮から協力の託宣がでます。そして、八幡宮の全面的な応援もあって、金などは陸奥の国から献上されたという話です。

 また、弓削道鏡が皇位を狙った為に、偽りの神託が出て、その真相の確認に和気清麻呂が宇佐神宮まで派遣されます。結果的には道鏡を皇位にはつけてはいけないという神託が出たのですが、その報告で左遷となり、清麻呂は足の腱を切られ、大隅国に配流となります。これが、俗に言う“道鏡事件”[道鏡が称徳(孝謙)天皇の寵愛を受けて、権力を握った結果、皇位まで狙ったと言われる…]なのですが、称徳(孝謙)天皇逝去、道鏡失脚ののちに清麻呂は復位して、奈良に戻ってきます。こうして、ほどなく平城京は幕を閉じます。しかし、和気清麻呂は平安京でも活躍して、後世においても功績を讃えられています。東京都千代田区にも立派な銅像があります。

奈良工場の10箇条①(62期)

 62-10 (3)毎年、経営方針(今期は絶対品質)から、奈良工場の10箇条を作成しています。多少は受売りの様な内容もありますが、頭を悩めて考えております。今期の10箇条でちょうど50個になります。いつも1番目は挨拶がキーワードです。ブログも奈良ネタでは続きそうにないので、こういった話題をとりまぜて書き込みさせていただきます。

 今期の1番目は「一日のスタートダッシュが朝の元気な挨拶…総てが上手くいく気がしませんか?」です。挨拶は禅の言葉です。もともと僧が問答をして相手の悟りの奥行きを知る事を挨拶といいます。実際の私たちの生活では人と人が接する時に心の扉をきちんと開けていますよ…という事ですね。ですから、挨拶がきちんとできないという事は『人間関係』を、…『生き方、人生』を疎かにしている事になります。先ず、自分から気持の良い笑顔と元気な挨拶で相手に「私は心の扉を開けていますよ…!!」と伝えていきましょう。

最古の三重塔

 法隆寺の近くに法起寺という同じ聖徳宗のお寺があります。ここには飛鳥時代に建立された現存最古の三重塔があります。法隆寺同様に世界遺産です。「法隆寺は単独で世界遺産…」と先日、書きましたが、正確には「法隆寺地域の仏教建築物」CA3B0022としてこの法起寺も含まれています。それは、この国宝の三重塔があったからでしょう…。国宝の三重塔は全国で13塔あります。関西には福井県の小浜を含め全部で10塔あります。私はまだようやく半分くらいの訪問です。実は滋賀県の国宝の建造物は比叡山延暦寺の根本中堂しか行った事がなく、今年は湖国への訪問を増やそうと考えています。

 この法起寺は聖徳太子建立七大寺の一つです。読みは正式には「ほうきじ」らしいですが、長年親しんだ方は今でも「ほっきじ」と読みます。本尊は十一面観音菩薩で重要文化財です。近くには法隆寺と法起寺以外に同じ聖徳宗の法輪寺や中宮寺もあり、徒歩で散策している方も数多くいらっしゃいます。余談ですが、この聖徳宗という宗派はもともとなく、法隆寺や法起寺は法相宗でしたが昭和25年に独立しています。他に法相宗から独立したお寺で有名なのは京都の清水寺で北法相宗です。実は法輪寺にも国宝の三重塔はありました。昭和19年の落雷で焼失しています。非常に残念な事でで、現存していれば法輪寺も世界遺産に含まれていたでしょう。現在の三重塔は作家の幸田文などの尽力で昭和50年に再建されたました。本尊は薬師如来坐像で飛鳥時代の作で重要文化財です。

紫陽花の咲く頃

 SN3O1076全国で紫陽花の有名なお寺はたくさんありますが、関西ではやはり矢田寺でしょうか?私はこの近くに住んでいます。矢田寺は現在、高野山真言宗の寺院ですが、歴史は古く平城京遷都より少し前の679年に天武天皇の勅願により智通が開基した古刹で、当時は七堂伽藍四十八坊の大規模なお寺でした。その後、平安時代に小野篁の師匠の満米上人が入られ『矢田の地蔵さん』として知られる様になりました。京都の中京区にも別院で金剛山矢田寺があり、『矢田地蔵縁起』では京都の六道珍皇寺とも縁があり、この寺の井戸から篁は、この世からあの世に行って、閻魔大王に助言していたらしいですから何とも、夏向きの話です。…今月一杯は矢田寺も紫陽花が見頃です。矢田寺のある矢田丘陵にはあちらこちらに紫陽花が咲いています。

無料で見られる国宝

 奈良の国宝の建造物64件は基本的には全部見られます。京都の大徳寺には非公開のものもありますが、幸い奈良県は非公開がありません。中でも東大寺の二月堂、南大門、転害門、鐘楼、般若寺の楼門、興福寺の東金堂(内部は拝観料必要です)、五重塔、三重塔、法隆寺の南大門(写真)、DSCF5023東大門、西円堂、聖霊院、長弓寺の本堂、石上神宮の拝殿、宇太水分神社本殿等、多数が無料で見られます。無料が良いという訳ではありませんが、64件もありますので何回か訪れてみないと何処にある判らないものもありますし、仏像も含めて多少の下調べが必要です。仏像が寺院から持ち出されて、東京の博物館などに出展される事もありますが、近くでゆっくり見られるチャンスです。

 国宝の管理は文化庁ですが、正倉院の正倉は宮内庁の管理です。古都奈良の文化財が世界遺産に選ばれる時に少し事情があって、国宝に選定されています。国宝に指定されたのは宝庫の建物だけで、宝物類は指定されていません。この宝物ですが、宮内庁の整理済みだけで9,000点とも言われ、毎年も正倉院展に出展される宝物は70点前後で、今年ようやく、62回目の開催ですので少し、気が遠くなる話です。