昨日はの特別展「仏教の来た道―シルクロード探検の旅」の解説付き鑑賞会に行ってきました。読売新聞の無料会員サービス「yorimo」の会員限定で抽選で30人が招待される応募に奥さんが申し込んでくれていました。実際の参加人員は20名余りでしたが、応募総数は1400名を超えていたそうで、それがラッキーにも当選したのです。場所は西本願寺の前の龍谷ミュージアムで、国宝の西本願寺の飛雲閣と書院も特別鑑賞できました。西本願寺は“龍谷山 本願寺”が正式名称で国宝も多数あり、「古都京都の文化財」として世界遺産にも登録されています。京都には国宝の建造物が48件あり、この西本願寺には唐門・北能舞台・書院・黒書院及伝廊・飛雲閣の5件があります。今回でいっきに3件も見る事ができ、特に飛雲閣は原則、非公開なので貴重な訪問となりました。
当然と言えば当然ですが、飛雲閣と書院の見学では一切の写真撮影が出来ませんでしたので、安穏殿に展示してある1/40の模型の飛雲閣を載せておきます。金閣・銀閣とともに京都三名閣の一つで豊臣秀吉が建てた 聚楽第の遺構と伝わっていますが、実はそうでは無く、
大阪の本願寺から移築されたとの解説でした。飛雲閣とは柱が細く、池に映っている姿が空中に浮いている様に見える事が名前の由来だそうです。
豪華絢爛で建築細部の彫刻をじっくりと眺めていると日の暮れるのを忘れるくらいという事から「日暮(ひぐらし)門」と呼ばれる国宝・唐門は撮影できますし、外側は一般道に面しているので随時、見学もできますが、何も表示、案内はありません。写真は境内から撮影しました。国宝である看板があります。これも、伏見城の遺構とも云う説がありますが、確証は無いようです。西本願寺には秀吉絡みの伝説が数多くあります。
とうとう、ブログも700回となりました。で、登場した写真は1991年(平成3年)6月30日まで営業を行っていた岡山県の片上鉄道のキハ700形です。この気動車は元国鉄のキハ07形で1967年(昭和42年)に片上鉄道が3両を譲渡され、キハ700形キハ701~703としたものです。撮影したのは廃止される一年前で、1990年の8月の事です。
同和鉱業片上鉄道は吉井川の川舟に代わって柵原鉱山で産出される硫化鉄鉱の輸送を目的で建設され、1923年(大正12年)1月に片上 ~和気間が、8月に和気 ~備前矢田 ~ 井ノ口(貨物)間が開業しています。1931年(昭和6年)には井ノ口 ~柵原間が開業し全線開通となっています。柵原鉱山からの鉱石輸送以外に旅客営業も行われ、住民の足にもなっていました。その後、柵原鉱山の鉱石産出量が減少し、鉱石列車はトラック輸送に取って代わり、過疎化の進む沿線からの乗降客も減る一方で、惜しまれながらも全廃となっています。惜しまれた事を証明する様に、同和鉱業片上鉄道の保存活動を行っている「片上鉄道保存会」が1992年(平成4年)に設立され、今日に至っています。
さて、本日は会社の創立記念日です。目出度い事が重なります。一昨日の17日(木)の大安吉日に社長と二人で「会社の発展と従業員の幸福、そして世界平和」の祈願と日頃の感謝とお礼を兼ねて、桜井市の大神神社に参拝に行って来ました。(大神神社につきましては昨年の5月29日のブログでアップしております。)
右の写真は三輪明神の大鳥居前にて販売している名物の最中(もなか)です。奈良県の名産の和菓子の一つとして有名です。この和菓子は江戸時代の末期から約160年、一子相伝七代にわたって、その製法が承け継がれて作られています。最中の名前が「みむろ」と名付けられているのは三輪明神、大神神社の御神体山 三諸(みむろ)山に因んだものですね。お店に併設して茶寮がありますので、最中はもちろんですが、これからの季節はこれもまた奈良県の名産の「くずきり」もお薦めですね。
神戸電鉄の粟生(あお)線は、兵庫県神戸市北区の鈴蘭台駅から小野市の粟生駅までを結ぶ29.2㌔の路線ですが、存続の危機にあります。1952年(昭和27年)4月10日に小野駅~粟生間が開業していますのでちょうど先月、人間ですと還暦を迎えた事になります。粟生線は鈴蘭台~ 木津間の50‰の急勾配を越え、神戸市の西区から三木市、小野市を中心に広がる住宅地と神戸市の中心部の新開地、湊川、長田を結ぶ通勤・通学路線ですが、慢性的な赤字が続いています。
兵庫県知事は2月7日に記者会見で、2012年度から5年間、神戸電鉄側に無利子で40億円を貸し付けると表明しています。神戸電鉄にコスト削減などの経営努力も求め、16年度までに粟生線を含む全線で経常収支の黒字化を促します。少なくとも12年度の粟生線廃止は回避される見通しですが…。
そして神戸電鉄は明日、5月19日が存続の為のダイヤ改正です。粟生線では、日中の一部区間を大幅に減便し、路線自体の「維持・存続」につながる「収支改善計画」の一環です。 日中、毎時4本のうち、3本を志染(しじみ)発着に短縮となります。現在、志染~小野間は毎時4本、小野以遠は2本です、これが両方とも毎時1本になります。不便になると益々、乗客離れに拍車をかける気もしますが、当面はコスト削減が急務なのでしょう。公共交通機関の鉄道と言えど、企業なのですから、赤字のまま存続できる筈はありません。
お釈迦様の教える仏教は宗教である前に
「自己鍛錬への飽くなき挑戦」なのです。これは“祈願”や“供養”という仏教の側面を超越した哲学です。日常生活での悩みやトラブルを自分の問題としてとらまえ、自己改革や自己改善を唯一の解決策と信じ、成長できるかどうかを問われているのが究極の「仏陀の教え」であります。それは一言で言うと「自己鍛錬」ですね。
何かと指摘や忠告、注意を受ける人は自分が駄目だと簡単に思わないで、それを反省、そして改善し、人生にプラスにする事で成功者となる訳です。自分の周囲にうるさい事を言ってくれる人がいる環境は喜ばねばなりません。そして、叱咤は自分でして下さい。教育や指導は本人にその意思があってこそ、成就するものなのです。鍛錬した心は簡単には折れない強さがあります。
北条鉄道の法華口が最寄りの駅となっている一乗寺は西国三十三箇所第26番札所、天台宗の古刹です。法華経の霊山という事から“法華山”と言う山号で本尊は聖観音菩薩です。第36代孝徳天皇の勅願で650年に創建、開基は法道仙人とされています。法道仙人は 播磨国に数多くの勅願寺等に開山、
開基として名前が残る伝説のインドの仙人です。
兵庫県には国宝の建造物は11件あり、姫路城が5件で、残りの6件は寺院です。そして、その一つが一乗寺の三重塔です。平安時代の後期を代表する和様建築のこの塔は1171年に建立された国内屈指の古塔です。国宝の三重塔は日本全国に13基あって、私にとっては一乗寺がちょうど10基目の訪問となりました。右の写真は三番目の石段を上が
った本堂から見た三重塔です。数年前まで本堂は改修工事だったそうですが、一乗寺に限らず、古い建築物は維持管理が大変です。実は訪問した子供の日、先に加東市の朝光寺に立ち寄って参拝してきました。この寺院も法道仙人が651年に開基したという伝承があります。残念ながら、国宝の本堂は8月まで改修工事中でした。「再訪も御縁と微笑む大師かな…。」の心境です。
先日、ある方に「私らしくない…。」と言われました。当然、私は“工場長”か“お父さん”、或いは“田中君”となります。それが分かると言った人が特定されるのでここでは触れませんが…。「…らしくない。」と言うのは、その人の意志が見えなくなったのかも知れません。51才になって改めて思いますが、私らしいとはどういう事なのでしょう。人間は都会の雑踏では独りになりたいと思い、大自然の中ではこの感動を誰かと共有したいと感じたりします。
また、美味しいお店を知った場合に誰かに紹介したいタイプと絶対秘密にしておきたいタイプに分かれますね。両極ですが、分かれ目は微細な心境の変化による所にあります。しかし、過去のその“本人らしい”という他人の評価や評判が判断を邪魔したりします。だからこそ、意志は重要です。
先週、現役のまま急逝された印刷会社の社長の告別式に参列しました。まだ、五十代半ばの若さでした。最近、現役のまま他界される業界の方の御不幸に遭遇します。仕事をされている方が、その仕事ができなくなるのは非常に残念な事です。ただ、意志の介在は間違いなくあったと思いたいですね。印刷がしたい…。ものづくりがしたい…。という意志は誰かに引き継がれていくものです。また、そうあるべきものです。…さてさて、社内の三課長はいかがでしょうか?
5月29日(日)に北条鉄道に粟生~北条町間を往復乗車してきました。
案外、乗客が多くて安心しました。鉄道は必要だったから、巨額の投資と沿線住民の熱い思いも重なって建設されるのですが、政治を含んだ時代の流れという歯車は時として残酷な結果をもたらします。三木市で2006年に行われた市長選挙では財政再建のため「三木鉄道の廃止」を公約の一つに掲げて当選した新市長が社長に就任し、市民アンケートでも廃止が70%、存続が11%の結果が出て、2008年4月日に三木鉄道は廃止されました。こうして、国鉄から再生し、第三セクターとして存続していた兄弟の様な三木線(三木市)と北条線(加西市)の運命は廃止と存続に大きく分かれてしまいました。両方とも国鉄の前は加古川線を軸とした播州鉄道であって、三木線以外にも鍛冶屋線と高砂線は廃止となっています。
粟生駅はJR加古川線と神戸電鉄粟生線がアクセスしていますが、もう少しグッズなども販売したらよいのではないかと思うくらい何もありません。駅に併設して食堂はありましたが、鉄道ファンは「駅そば」が好きなので、先ずメインはこれであってほしいものです。一乗寺へのアクセスも法華口からの案内が不明な状況でこの日は参拝をやめました。せっかく三つの鉄道がアクセスしているのですから、相互乗車切符なども販売して、活性化を図って頂ければと思うのは私だけではないでしょう。しかしながら、北条鉄道の経営再建の為の体質改善は大きく評価すべき内容で、これからも一鉄道ファンとして乗車という応援をしていきたいと考えます。
雨上がりの空気感は格別です。雲が風で流されて、
遠景が近づき、若草山も家の近くからはっきり見えます。それにしても地球は凸凹していますね。日本列島はプレートがぶつかり合ってできた島ですから、凸凹も当然ですし、地震も多い訳です。母なる大地、地球への恩恵を忘れてはいけません。
今日は母の日ですが、メイストームデー(5月の嵐の日)でもあります。2月14日のバレンタインデーから88日目で「八十八夜の別れ霜」ということで、別れ話を切り出すのに良い日らしいですね。2月14日のバレンタインデー、3月14日のホワイトデー、4月14日のオレンジデーと、14日あたりは恋人に関連した明るい記念日が続きますね。これを乗り切れば、6月12日には晴れて、恋人の日が待っているそうです。
今は新緑の頃です。自然界の緑が美しい時に人間は五月病にかかったりします。こういった話題は少しタブーかもしれませんが…。五月病とは、四月に門出を迎えた新人社員や大学等の新入生などに見られ、新しい環境に適応できないこと等に起因する精神的な症状の総称らしいですね。GW期間中の疲れもあって五月になって発症する事が多い様ですが、六月に完治する訳でもありません。30年前の私が学生の頃から既にあったので、もっと真剣に取り組み、解決に向けて努力をしていたら、撲滅した病気かもしれませんね…。
私の場合、落ち込んだり、辛い事があった場合にブラックホールに吸い込まれない様にロックがかかる…ある事をしています。それは私が撮影した写真を見ることなんです。これが、案外元気になります。
兵庫県加西市の天台宗の羅漢寺は加西の石仏「五百羅漢」として
親しまれています。北条鉄道の終点の北条町駅から徒歩15分で、旧商屋の家並みを散策していると案内板が出てきてすぐによくわかります。いつ、だれが、なんのために作ったのかははっきりしないとの事で、石仏の制作は現在も謎につつまれています。大分県の耶馬渓山、山梨県の吉沢の羅漢とともに全国的に有名な石仏であります。古くから「親が見たけりゃ北条の西の五百羅漢の堂に御座れ」とうたわれ、面貌の異なる石仏の中に、必ず親や子に似た顔があると言われていますね。
参拝した日は地元の小学6年生の女の子二人が案内をしてくれました。加西市歴史街道ボランティアガイドの一員として、学校が休みの日に限り、五百羅漢の案内を担当しているとの事でした。クイズ形式で質問があったりして楽しいひと時でした。こういった地元の観光地に小学校の時から接し、案内する事は、大変価値のある課外授業ですね。奈良でも世界遺産の法隆寺や東大寺、薬師寺等たくさんあるので、シルバー世代もいいのですが、せめて高校生なんかがやるのも人生の良い勉強になると思いますけどね…。この北条の小・中学校の校庭には都会の様な仰々しいフェンスや門が無く、解放感がありました。次世代を担うのですから、 教育とその現場について、もう少し考えないといけませんね。今日は2008年に御朱印帖を東寺で購入し、御朱印集めをスタートした日です。最近はゆっくりとした社寺参拝となって、現在8冊目の御朱印帖は三年目で、今年中には終わらないと思います。