パ・リーグから学ぶ32:『80周年記念 あの時の記憶【7】』

今年も残りわずかとなりました。

皆様にとって、今年はどのような1年だったでしょうか。

私は、仕事やプライベートもさることながら80周年という事で例年以上にホークスと記憶に残る1年にしたいと

思っていました。

 

結果、シーズンは2位からの日本一。ライオンズファン、西武球団には申し訳ないですが、苦しみながらも最終的には

目標にたどり着く姿はすごいと思わせてくれました。また、奈良県で球団創設初めて試合が行われました。九州の新聞社が企画した

80年の歴史で選ぶベストナイン+思い出のエピソードを寄せて」で22万人の中から当選する事も出来ました。

 

そしてもう1つ。

 

IMG_2617 (002)・内 容:金看板への想い

・日 時:2018210

・場 所:サンマリンスタジアム宮崎

・私 は:39

・どこに:TV観戦

 

 

 

 

テスト生で入団、8年連続ホームラン王、6年連続打点王、戦後初の三冠王、ベストナイン19回、捕手で3,000試合出場、捕手でシーズンフルイニング出場、捕手でホームラン600本以上は世界最多、シンキングベースボール、再生工場、「プロ野球界に革命を起こそう」、ささやき戦術、死んだふり作戦、プレイングマネージャー、4番打者・捕手・監督、投手分業制の定着、約45年前にすでに地方進出を提唱、1970年代、90年代、2,000年代で監督・・・

関西からホークスファンが1番減ったのが身売りした1988年であれば、その次はおそらく、解任された1977年。

 

この日、実に41年ぶりにホークスの監督としての姿がありました。

金看板の「不器用は最後に器用に勝る」という言葉を意識して私自身、現在に至っています。

引き受けて頂いた事に感謝しかありません。

ありがとうございました。

 

おかげさまで、想像以上に今年は記憶に残る1年になりました。

 

 

また、今年1年間お世話になりありがとうございました。

同時にホームページリニューアルに伴い、マネージャーブログもこれが最後になります。

各マネージャーに成り代わりましてお礼申し上げます。

 

 

今後ともTAISEI株式会社をよろしくお願いします。

 

 

TAISEI株式会社  奈良工場

生産管理部 吉田 健太郎