Monthly Archives: 7月 2018

猛暑もはや災害

先日、新聞の記事の見出しにあった言葉です。

毎年この時期になると暑さを通り越し息苦しさすら感じますが

今年の暑さは今までにない異常な暑さで、まさに災害レベルであると報道されています。

 

私の住む岐阜県でも先日5年振りに40度超えを記録し、関東でも国内最高を更新するなど

連日異常なほどの暑さが続いています。

 

また、テレビをつけると、毎日のように熱中症で搬送された方は〇〇名

命を落とした方は〇〇名というようなニュースが飛び交っています。

 

これほどの猛暑は私の子供の時にはめったになかったことですが

今では普通になってしまいました。

夏の暑いときには外に出て真っ黒になるまで遊ぶ、部活の練習では水を飲むのは許されない

クーラーよりも扇風機、等々もはや昔の常識は通用しません。

 

時代の変化とともに、私たちの取り巻くさまざまな環境が大きく変化しており

その中の一つにこの温暖化がありますが、これだけ暑いと気力すら奪われてしまいます。

 

この暑さを楽しめるかというと難しいですが、しかしこの暑さを言い訳にするようなこと

だけは避けなければなりません。

当たり前のことですが、自分の体は自分にしかわからないので

体調管理を怠らず、しっかりと予防対策をする必要があると思います。

自分は大丈夫と過信しない事、これが一番重要なのかもしれません。

 

 

イチローの言葉に

準備というのは

言い訳の材料となり得るものを排除していく

そのために考え得るすべてのことをこなしていく

とあります。

 

何事においても、今、考え得る最大の事ができているのかを何度も繰り返し

考えて様々な視点で、あらゆる事態に備える意識を持ち続ける事かと思います。

 

猛暑はしばらく続きますが、自分に言い訳を与えないようにしていきたいです。

 

 

TAISEI株式会社

名古屋営業所 横田

 

海の日に思う

梅雨が明けた途端の連日の猛暑は厳しく、○○年に1度の地震とか水害とかで、短期間にこれほど自然に翻弄された年はないのでしょうか。

陸だけではなく、海も夏休み前だというのに、すでにクラゲが発生したり、少し前の話では温暖化で魚の生息地が変わり、サンマの不漁や、私の出身地に近い境港では北の海に住むシャケが豊漁だったりと生活の中でも変化が起こっているようです。

10年以上前になりますが、石垣島へよく旅行に行っていた頃に海水温がわずかに上昇しただけで、たくさんのサンゴが白化した年がありました。

石垣島の白保地区は青サンゴの巨大生息地で有名ですが、地元の人は自然環境を維持するための住民運動などで大変な努力をされておられました。

(ちなみに青サンゴは外見は黒っぽいのですが、中が青いのでそのように言われています。)

それなのにわずかな自然の変化だけで、足のないサンゴには大きな影響を及ぼしていまうことになったのだと、幸いにも動くことが出来る足をもつ人間は、それを乗り越えてゆける生き物だとも思ったものです。

その後、足が遠のいてしまい、石垣島へは長らく行っていませんが、今でもサンゴは元気なのかとふと思い出しました。

 

TAISEI株式会社 奈良工場

外注管理部 小村

笑う門には福来たる

毎年、社内目標設定会議にて

VIP・各賞が発表されるのですが、その中に

今期は新しく「Smile of the year」という賞が設けられ、

年間を通じて、ひまわりのような素敵な笑顔で

社内を明るい雰囲気にしてくださった方が受賞されました。

(受賞された皆様おめでとうございます。)

 

この「笑う」ということについて少し調べてみると、

実は自分の身体にも良い影響を与えてくれているようです。

人間の体内に50億個もあるナチュラルキラー(NK)細胞といものがあり、

この細胞を活性化してくれるらしいのです。

NK細胞の動きが活発だと、感染症やがんにもかかりにくいとも

言われているそうで、

実はつられ笑顔や無理やり笑うことでも

笑顔の効果は得られるとのこと。

 

驚くことに赤ん坊は1日平均して400回も笑っているそうで、

人間の防衛本能ということもあるのですが、

にっこり微笑む顔を見ると誰でも無条件で笑顔になり、

幸せな気持ちになります。

 

いつも良いことがあるわけでもないし、辛い日もありますが、

そんな時は少し気持ちが落ち着いたら、

「笑顔」を思い出しながら、

過ごしていきたいなと思っています。

 

暑い日が続きますが

皆様、どうぞ体調を崩されないよう

そして、夏を笑顔で乗り切りましょう!!

 

「幸福だから笑うのではない。むしろ、笑うから幸福なのだ」

フランスの哲学者・アラン・幸福論より

 

 

TAISEI株式会社

本社デザイン部 上原

パ・リーグから学ぶ29:『80周年記念 あの時の記憶【4】』

当社は、節目の70期がスタートしています。

特に期初にあたる6月は年度目標設定会議、韓国への社員旅行、ISO9001更新審査と毎週のように大きな出来事がありました。

また、TAISEI100年史の作成にあたっての対談があったのも6月でした。

内容は「生え抜き対談」という事で、東京支店 営業部の阪上部長と本社 営業部 庄司次長と3人で色々お話をさせて頂く時間を頂きました。

お二人とは約18年一緒にお仕事をさせて頂いています。

 

阪上部長とは、2005年頃に23週間に1度のペースで約40,000個ずつ納品させて頂くようなパッケージの大型受注を取ってこられて、その段取りをさせて頂きました。私が生産管理をやり始めた時期でもあり、大きなご迷惑をおかけする事なく出来た事で少し生産管理としての自信が出来たのを覚えています。

 

庄司次長は、私の1年先輩にあたり、奈良のお客様も持っておられて、急な対応が必要になった時に私が代わりに訪問して打ち合わせさせて頂いた事も何度かありました。また、今でも私の仕事量などは気にかけて頂いており、有り難く思っております。

 

それ以外にも今の役員が入社される前の会社の話。色々、会社が変わって行く過程に携わって来た話、今後の事なども話す事が出来ました。

 

 

FullSizeRenderIMG_1573・内 容:色褪せない思い出

・日 時:1997329

・場 所:大阪球場

・私 は:18

・どこに:現地

 

 

 

写真は、今から21年前に撮影した大阪球場です。

1990年に野球場としての役割を終え、住宅展示場時代として活躍した時代。

でも、この1年後に閉鎖され、解体が始まります。

北海道 大倉山ジャンプ場に匹敵する傾斜角度37度のスタンド。解体の前日まで、暖簾を下ろさなかった「がんこの看板」。

現在流行りのボールパークの定義が「街と一体化され、常に街に開かれ、人を迎えいれる」。とするならば、各種テナントが入ったこの「文化会館」はその先駆けではと錯覚してしまう。

 

今も、全く色褪せない思い出として私の中で残っています。

 

今回の対談やそれまでのお二人との歴史などは私の中で大切にして行き、大阪球場同様、色褪せないものにしていかなければならないと感じています。

 

改めて、貴重な時間をありがとうございました。

これからも、よろしくお願いします。

 

 

TAISEI株式会社  奈良工場

生産管理部 吉田